客演指揮者インタビュー
大山平一郎先生


ブラームスについて

194-05-001

――今回演奏するブラームスの交響曲第4番について、大山先生はどのように捉えていらっしゃるのでしょうか。

 作曲技法に加え、表現芸術としての結晶と考えると、ブラームスの右に出られる人は少ないと思います。与えられた素材で、素晴らしい、他の人もできないような料理をするシェフのようなものですよね。
 ブラ4は「頂点」と言うと、それはないとブラームスは言うかもしれませんが、あそこまで色々なことを駆使して融合しているわけです。4番を書いた後、彼は10何年ほど生きていますが、交響曲は書きませんでした。あの先に何ができるか、というのがあったのかもしれませんね。一つのことであれだけ大成したわけですから。
 100年経って見ると、やはり、偉大なことをやっていたと思いますね。もう一度作曲の技法というのを見直して、「こうじゃない?」と示せた人ですから。

――なるほど。やはりブラームスは特別な存在なのですね。

 ブラームスは1番のシンフォニーを書くのに20何年かけてようやく提出して、しかも4曲しか書いていません。もちろん若い時から書きたかったけれど、書けなかったのです。一番最初のカルテットを書く十数年くらい前に、わずかに残ってるスケッチに、断片的なものがあって、彼はおそらく15曲ほど書いているけれど、みんな燃やしてしまっているのです。自分の苦悩を隠すために。
 そして、彼は書けても自信がないのです。自分の信頼する人に見せて、その人にダメと言われると、かなり手を加えた人ですし。だから、彼が本当に納得した曲しか残っていないと思います。そこまで徹底するのは、普通ではないですよね。だから、そういう意味でも彼は少し違うと思いますね。

ドヴォルジャークとレスピーギについて

――今回の演奏会で取り上げるほかの2人の作曲家についてもお話を伺いたいと思います。

 ブラームスはドヴォルジャークを弟のように思っていましたが、同時に、彼のことを本当に尊敬していました。もちろん、ドヴォルジャークもブラームスを尊敬していました。師弟関係ではないのですが、ドヴォルジャークは、あの関係があったから多大な恩恵を受けたと思います。ブラームスという人は、自分が気に入ったら本当に、親身になって面倒を見る人です。
 逸話なのですが、ドヴォルジャークが新世界を書いたときの話です。彼が楽譜を出版社に持って行ったあと、出版社がブラームスに、「この楽譜をチェックしてください」と頼みました。するとブラームスは、「2楽章にはやっぱりこれを入れた方がいいんじゃないか」、といって勝手に書き足したのです。そして、書き加えられたものを出版社の人が見て、「ドヴォルジャークさん、ブラームスさんが手直ししたのを見ますか」と聞くと、ドヴォルジャークは「いや、彼がやってくれたのだから僕はもういいです、どうぞ」と言ったのです。そうしたらなんと、チューバが入っていたのです。ブラームスがいなかったらあの曲にチューバはなかったというわけです。

――ブラームスとドヴォルジャークは関わりが深かったのですね。それに比べるとレスピーギはこの2人とは少し離れた位置にいるように思えます。

 色々な作曲家がいるのですが、楽譜をよく見ると、ウィーン、ドイツ以外の作曲家は、ドイツ系の音楽は何してどうやってるんだろうということに、絶対アンテナを張っていたと思います。だから、ベートーヴェンやシューマンが確立したその方法を見ていけば、それでいいわけです。レスピーギの曲はイタリアの音楽だから、なにか違うように思うかもしれませんが、意外と同じような方法で、記譜されています。
 だから、誰かが編み出したゲームのように、規則があるわけです。5本の線があって、こうやって点があって。これだけの曲があって、今でも、ポップスもジャズも全てを含めて、まだ広がっているのです。新しいものが生まれるわけです。不思議ですよね。野球のルールや相撲のルールのように、永遠的に長く続くものは、それほど複雑なものではなくて、誰もが参加できるような、その中にある決まりさえきちんとわかっていれば、自由なわけですよね。交通ルールのようなものです、それがあるから自由にどこでも行けますよね、事故なく。だから規則というのは必要で、記譜をするというのは規則に則って書いてあるのです。最小限のルールで最大限の表現が、作曲家たちにあるわけです。

演奏するにあたって

――作曲家についてのお話を伺ってきましたが、演奏者側のことについてもお聞きしたいと思います。先生はご自身のことを再現芸術家と表現されていますが、再現とは具体的にどのようなことなのでしょうか。

 こうしてスコアを見ていて、そこに書いてある音をただ出しても、書かれたものしか出てこないので、それは有機的なものではないのです。そこに魂…しかしそれは奏者の魂ではなくて、作曲家がこう思ったであろう、という魂を吹き込まないといけないのです。それが我々の役目なのです。ただ、楽器もホールも違ったモーツァルトなどの時代に出ていた音というものを忠実に出したとしても、それは答えにならないと思うのですよね、彼らにとっては。やはり、彼らは自分が意図したものを表現してほしいのです、自分に代わって。そして汲み取って、それを脚本化して、演奏するのです。それによって、そういう人たちの存在が浮かばれるわけです。だから演奏者は、自分はこう思うではなくて、作曲家はどう思ったんだろう、という立場から意図を探す、つまり書かれたものを解釈しなければならないのです。

――実際に先生と練習させていただいて、先生は歴史を受け継ぐということを大切にされている印象を受けます。

 受け継いできた人たちにたまたま僕は触れることができたわけで、だから僕も、それを次に渡していかなければならないという思いはものすごくあります。ある話を僕から聞いて、同じような話を全く違う人から聞いたとしたらやはり、「ああ、そういう流れというものがあったんだ」ということになってくるでしょう。その流れを感じるというのは、なにか一つのことを信じてやっているときには、すごく心の支えになります。
 たしかに演奏スタイルというのは、流行です。ある人の演奏がもてはやされたと思うとすぐに、聴衆はまた新しい方にいくものです。しかしその新しく出た人もすたれていって、ひょっとすると、「あ、やっぱりあっちの方がよかったよね」となるかもしれません。芸術の世界では、自分のスタイルが流行とは違うときでも、信じるものがあったらそれを貫ける、そういったものが必要だと思います。「やっぱりスタイル変えた方がいいのかな」と思うこともあるだろうし、変えてもいいかもしれませんが、ということはまた時代によって変わるということですよね。
 だからそのあたりは、自分が何をもっているか、自分が何を信じるか、それに対して現実がどうであるか、というところの大きな駆け引きになるわけです。演奏家というのは、楽器を弾けることに対する勉強が25年、そしていよいよ自分の手で、先生に言われたやり方で、試行錯誤してみるわけですが、ようやく50歳くらいになって、自分のものを作り出せるようになります。そうして、25歳くらいまで教えてくれていた先生たちが、ようやくあいつはできるようになったと認めてくれるのです。つまり、楽器の勉強が25年、試行錯誤に25年、大きく分けてそれくらいかかるものです。

――最後に、今回の演奏会をどのように作り上げたいと思っていらっしゃるか、お聞きしたいです。

 レスピーギは少し後ですが、みんなほぼ同じ時代の作曲家です。だけど、3人とも違う個性をもった作曲家だから、やはりそれぞれの個性を出さないといけないと思うのです。演出をできるように、それから、そういう風に演じることができるように、オーケストラがしなければならないわけですが、そこが難しいところですよね。そこが課題です。

――ありがとうございました。

 私たちの質問に、ゆっくりと丁寧に言葉を選んで語ってくださいました。演奏会本番は目の前ですが、三人の作曲家の個性をお伝えできるよう、全力を尽くしたいと思います。大山先生、お忙しい中ありがとうございました。

文:194期HP広報部