リムスキー=コルサコフとロシアの作曲家たち


「ロシア五人組」のリムスキー=コルサコフ

 リムスキー=コルサコフ(1844-1908)は、ごく幼いころから音楽の才能を示しましたが、そのころは特別音楽だけに傾倒することはなく、1856年には兄や叔父に倣って海軍兵学校に入りました。海軍兵学校在学中の1860年、ピアノの教師となったカニッレからバラキレフの音楽を知り、彼に尊敬の念を抱くようになります。そして翌年にはカニッレに連れられて彼を訪問します。自作を褒められ、交響曲の作曲に取り組むように言われたリムスキー=コルサコフは、大いに喜んだそうです。バラキレフのところでムソルグスキーやキュイにも出会い、そこに後にボロディンが加わって、バラキレフを指導者とする作曲家のグループが形成されました。このグループは、「バラキレフ・グループ」、「力強い仲間」などとも呼ばれますが、日本では一般に「ロシア五人組」と呼ばれています。これは、反アカデミズム、反西欧、反伝統を掲げ、学校教育によらないロシア独自の新しい音楽を作ろうとしたグループでした。
 戯曲《皇帝の花嫁》を題材とした作曲は、もともとバラキレフがボロディンとリムスキー=コルサコフに勧めたものでした。リムスキー=コルサコフは、1867-1868年ごろを回想してこう述べています。「ボロディンのところでは、彼の交響曲のスコアを一緒に見たり、《イーゴリ公》や《皇帝の花嫁》について話したりした。《皇帝の花嫁》を作曲するということは一時、まずボロディンの、そして次にわたしの作曲家としての束の間の夢だったのである1」。このときには作曲は行われず、歌劇《皇帝の花嫁》は約30年後の1898年に作曲されました。

ペテルブルク音楽院でのリムスキー=コルサコフ

 リムスキー=コルサコフは1871年にペテルブルク音楽院の作曲と管弦楽法の教授に任命されました。前述の通り、「五人組」は反アカデミズムを唱えていましたが、彼はアカデミズムの世界にも足を踏み入れることになりました。これが契機となり、もともとの天性の才能に加えて高度な音楽理論を身につけたリムスキー=コルサコフの管弦楽法は、それまでの作曲家たちとは一線を画す域に達しました。

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サンクトペテルブルク音楽院

 彼が音楽院の教授として育てた作曲家の一人が、今回演奏する《交響曲第5番》の作曲者プロコフィエフ(1891-1953)です。1904年に彼が音楽院の入学試験を受けた時の試験委員長がリムスキー=コルサコフであり、「この生徒はわしの気に入ったよ!2」と叫ぶほど高く評価されました。しかし、プロコフィエフはリムスキー=コルサコフの授業法に疑問を感じ、時にはオーケストレーションについて論争することもありました。一方で、プロコフィエフはこうも述べています。「リムスキー=コルサコフの授業法は尊敬しなかったけれども、それは彼の音楽を賞賛する妨げにはならなかった。わたしは彼の「キテージ」 の本稽古と、続いて行われた三回の上演に出席した。初演は1907年の春に行われたが、わたしは手が痛くなるほど拍手を送った3」。 リムスキー=コルサコフが音楽院で教えた作曲家には他に、アレンスキー、グラズノフ、リャードフ、ストラヴィンスキーらがいます。彼はペテルブルク音楽院の最も有名な教授の一人であり、1944年から音楽院には彼の名が冠され、正式名称はN.A.リムスキー=コルサコフ記念サンクトペテルブルク国立音楽院となっています。

 リムスキー=コルサコフは、「五人組」が目指したロシア独自の音楽と、アカデミズムや音楽理論を結び付けることで、ロシア国民音楽の発展に貢献し、のちの作曲家に大きな影響を与えた人物であるといえるでしょう。

参考文献・URL
岸辺成雄他編『音楽大事典 第5巻』平凡社(1983)
園部四郎『ロシアの音楽』筑摩書房(1952)
プロコフィエフ著、園部四郎・西牟田久雄訳『プロコフィエフ 自伝・評論』音楽之友社(1964)
札幌大学学術情報リポジトリ
高橋健一郎「リムスキー=コルサコフ『我が音楽生活の年代記』 : 翻訳の試み」
(1) http://id.nii.ac.jp/1067/00006868/ (2013)
(2) http://id.nii.ac.jp/1067/00006958/ (2013)
(3) http://id.nii.ac.jp/1067/00007002/ (2014)

引用元
1高橋健一郎「リムスキー=コルサコフ『我が音楽生活の年代記』 : 翻訳の試み」(3)p.171
2プロコフィエフ著、園部四郎・西牟田久雄訳『プロコフィエフ 自伝・評論』p.20
3前掲書p.24

文:197期HP広報部

用語解説

バラキレフ

ロシアの作曲家(1837-1910)。代表作《イスラメイ》など。

ボロディン

ロシアの作曲家(1833-1887)。代表作《中央アジアの平原で》《イーゴリ公》(未完)など。

戯曲《皇帝の花嫁》

ロシアの劇作家、メイ(1822-1862)による戯曲。

キテージ

リムスキー=コルサコフの歌劇《見えざる町キテージの物語》。