客演指揮者小松先生
インタビュー


198-interview

第198期の客演指揮者である小松長生先生に今回の演奏会に向けてお話を伺いました。

――ではまず序曲『ザンパ』からお訊きしたいのですが、どのような曲だと思われますか。

小松先生 様々な要素が盛り沢山な序曲で、とても華やかな曲だと思います。お客さんにとことん楽しんでもらいたいです。演奏する側も楽しいわけですけれど。聴いた後に何とも言えない爽快感が残るなら本望です。

――やはりオープニングとしてもそういう華やかさが。

小松先生 申し分ない曲だと思います。ブラスバンドでもずっと取り上げられてきた曲です。私も少年の頃から聴き親しみのある曲なんですが、指揮するのは初めてなので楽しみです。

――では続きまして、ドヴォルザークの序曲『オセロ』についてお願いします。

小松先生 ドヴォルザークの<自然と人生と愛>と表された序曲三部作の中で『謝肉祭』は取り上げられることが多い序曲で私も頻繁に指揮してきましたが、『オセロ』は、それだけを敢えて演奏することはほぼない位、馴染のない曲だと思います。しかしながら、団員の皆さんも感じていらっしゃるように素晴らしい曲であるし、シェークスピアの『オセロ』を反映してイアーゴのテーマだとか、デズデーモナの悲しみに満ちた歌だとか、オセロに限らず人間が持っている普遍的な感情を生々しく表現している傑作です。大変聴きごたえのある、濃い曲だと思います。

――ちなみに『オセロ』も以前に振ったことはありますか。

小松先生 これも初めてです。

――ドヴォルザークの作品でとくに好きなものはありますか。

小松先生 《交響曲第6番》です。第6番は幾つかのオーケストラの演奏旅行でも取り上げてきました。数あるドヴォルザークの作品でも最高傑作のひとつだと思っています。ドヴォルザークは、スラブ舞曲等のピアノ連弾曲集でまず名声を博したわけですけど、交響曲第6番の決定的な成功によって、わざわざ大西洋を渡ってアメリカ音楽院の学院長にも招聘されました。そして新世界交響曲やチェロ協奏曲が生まれたわけです。ですから彼の大成功のもとは交響曲第6番です。第6番はそれ程要(かなめ)となる曲なんですよ。この曲が映し出す自然(nature)の美しさ、激しさ、そして人間の本性(human nature)の表現が凄いと感嘆しています。もちろん第7番、第8番、第9番も好きでよく指揮しますが、僕は第6番をこよなく愛しています。あと、ドヴォルザークはピアニストの観点から楽譜を書いているので、鍵盤楽器奏者には簡単でも、弦楽器奏者には過酷な場所が沢山あります。京大オケの皆さんは、とても頑張っていらして立派です。

――ありがとうございます。それでは、『オセロ』を今回プログラムの中でどういう位置づけにしたいですか。

小松先生 冒頭の序曲『ザンパ』のもつ娯楽性・華やかさとは対照的に、『オセロ』は奥深く立体的で、構造的にしっかりした作品です。交響曲に近いような重さとスケールを持った曲です。演奏会の前半を締め括るのには最適の曲だと思います。

――それでは続きましてラフマニノフの《交響曲第2番》についてお伺いします。先生ご自身のこの曲に対する思い入れをお聞かせください。

小松先生 指揮者人生の節目となるところでラフマニノフの《交響曲第2番》を演奏することが多かったです。曲との出会いは、ボルティモア交響楽団音楽監督デイビッド・ジンマンさんのもとで私が准指揮者だった時のことです。彼はその頃《第2番》のレコーディングをしていました。デイビッドは自分のパート譜を所有していて、そこにはデイビッドの凝った弓使いがびっしりと周到に吟味して書き込まれていて、私にはショック、目から鱗でした。米国のオーケストラ史上最長といわれたボルティモア響の約5か月にも及ぶストライキ中、チャリティーコンサート1回のみ労使が合意して開催されることになりました。そして准指揮者の私がそのとき指揮したのが《第2番》です。楽員、聴衆、事務局の様々な感情が、曲の内容と共鳴しあって忘れがたい演奏となりました。その時は師匠デイビッドのパート譜だったわけですが、以来私も《第2番》の個人パート譜を創って持ち歩き、モスクワ放送響、セント・ピータースベルク交響楽団をはじめ国内外のオーケストラでこの曲を指揮してきました。今回そうした思い出が染み込んだ私のパート譜を皆さんに使って頂くのは嬉しい限りです。

――今回の演奏会ではカットした版を使用しますが、カット版を採用されたのはなぜですか。

小松先生 《第2番》は素晴らしい曲ですが、明らかに冗長で無駄なところもあります。ユージン・オーマンディという指揮者がこの交響曲を初演した際、ラフマニノフ本人立会いのもとでカットをした版があります。ラフマニノフはそうしたカットを内心不本意だと思っていたかもしれないですけれども、それをデイビッドが使っていました。無駄を削ぎ落とし、曲の全貌が見渡し易くなりますので私もそのカット版を基本的に採用しています。
 カットという行為に抵抗感を感じる方もいらっしゃるでしょう。でも、ただ盲目的にすべてを礼賛すれば良いのでない。ラフマニノフの曲の素晴らしさを観るなら、おかしなところも同様に認識すべきだと思います。だからそうした処はカットさせて頂きました。最終的にはそのほうが曲、作曲者の意図が生きるからとの信念のもとにです。『オセロ』の弦バスに、弓で弾くところを半分ピチカートにしたりなどと私は変更をお願いしていますが、効果的に作曲者の意図を実現すべく曲を「改善」しているつもりです。だからといって、「この部分は不出来だ」と、鬼の首を取ったようにカットしてよいと考えているわけでは毛頭ありません。
 カットして演奏するか否かは、作曲家や作品によって柔軟に判断されるべきです。「カットは善か悪か」との二者択一的抽象・観念論にすり替えてはいけない。カット版を使うのがある意味勇気であり見識だとの場合もあります。最終的に経験と洞察力に則って判断するのが演奏者、指揮者の責任だと思います。

――《交響曲第2番》では感情の起伏が表現されていて、演奏としても例えばただリズム通りにやったら形になるとかでなく、すごく難しいところだと感じています。フレーズ感とかテンポのゆらぎを先生はどういう風に感じていますか。またわれわれにどう感じてほしいですか。

小松先生 フレーズ感とおっしゃいましたが、拍の不安定さはラフマニノフ自身が生きた時代の演奏慣習を反映しています。だから今の私たちが演奏するときには別物になる。現代の人が当たり前と思う息の長さや拍の動かし方で演奏するか、彼が生きていた当時当たり前だとされていた奏法でやるか。私は、当時の慣習を無批判に忠実に再現する必要はないと思っています。例えば、19世紀後半ワーグナーやワインガルトナーがベートーベンを指揮した頃は、テンポを動かしまくるしフレーズの終わりは必ず遅くしたりとか、そういうのが当たり前の時代でした。それが正しいのか、それをやらないようにするのがいいのかは、曲の価値や意図するものとは別次元の話だと思います。
 では、曲のメッセージは何かという次元に思いを廻らしてみましょう。ラフマニノフの後期の他の曲もこの曲も「最後の審判」を見据え、グレゴリオ聖歌の「怒りの日」のメロディーを執拗に使っています。『パガニーニの主題による狂詩曲』でも『鐘』でも。交響曲第2番冒頭の低弦によるメロディーや第2楽章の冒頭のホルンが「怒りの日」のモチーフを含んでいます。明らかに聖書の「最後の審判」を見据えた曲だとはっきりしている。死した魂、自分あるいは大切な人たちの魂が死した後覚醒した際の真っ暗な闇。その中で鳴り響く不気味・不可思議なトランペットの音で、死者の魂が引っ立てられて行進してゆくのです。最後の審判へと。生命の書に生前の行状を照らし合わされて裁かれる、それに対する畏れがラフマニノフにはずっとあったと思います。道すがら遠くに垣間見られる楽園の情景も色彩豊かに表現されます。中国では桃源郷と表現されている場所でしょうか。そこに行きたいという憧憬。そして、暗闇のなかでの怯え、恐怖、怒りとか。そういうのがずっと繰り広げられていると感じています。最終楽章では、恐怖も一時的に回顧されますが、魂が楽園の眩い光、即ち原光の中へ入っていく歓喜が表現されていると思っています。

――ありがとうございます。では曲以外の事にも少し触れていきたいのですが、京大オケとの共演が、今回21年ぶりということなのですけれども、以前と比べて今の京大オケの印象はどうですか。また、今回はラフマニノフの《交響曲第2番》をやるわけですが、前回のプログラムと比較して何か望むことなどありましたらお願いします。

小松先生 音楽を愛する気持ちとか徹底して練習に向かうとか、その隙のないアプローチは、昔もそうだったし今も全く変わっていないと思いますね。前回は(メインが)ドヴォルザークの第8番でした。技術的な苦労に果敢に立ち向かう皆さんの姿に感心した覚えがあります。でも技術的な難しさで言ったら今回はその比ではありません。演奏技術面の向上には眼を見張るものがあります。100年近くの歴史の中で、ピラミッドの石を積むような先輩方の綿々とした努力の積み重ねでここまで来られたんじゃないかなって思います。だからこそ今回これだけのプログラムに皆さんが挑戦できるのであろうというのが率直な感想です。歴史の積み重ねを証人として観ている感じです。一朝一夕にしてこんなプログラムに立ち向かえるわけじゃないんだなっていうのが、今回21年ぶりに京大オーケストラを指揮してみて分かりました。
 21年前の私は、果たして学生のオーケストラを指揮する力量が自分に備わっているのか自信がありませんでした。その不安の中で、前回は意を決して京大オケの依頼をお引き受けしました。あれから21年経って、今はもう本当にそういう不安は頭に浮かばなくて、いかに良い音楽をやれるかということばかり考えられるようになりました。だから自分自身もこの21年で変わったなって思います。

――では最後にどのような音楽を京大オケと作っていきたいかお聞かせください。

小松先生 自分が自分ではなくなるような瞬間を実感する、そういう未知の自分に挑戦するような形で演奏をやりたいと思います。単にキレイとかいうのではなくて、根源的なところ、自分が識らないところ、深淵を垣間見る空恐ろしさっていうんですかね、そこら辺と背中合わせになった、予定調和じゃないところに挑戦する感じを目指していきたいと思います。京大オケとなら、ともに挑戦できると感じています。とても楽しみです。

――お忙しい中インタビューを引き受けてくださりありがとうございました。

【編集後記】
 今回のインタビューを通して、小松先生の音楽に対する姿勢や、京大オケへの想いを伺い知ることが出来ました。私たちもこの想いに応えられるよう努力していきたいと思います。小松先生と京大オケが作り上げる演奏会にご期待ください。