マーラー交響曲第2番『復活』


 グスタフ・マーラー(Gustav Mahler)は、1860年にボヘミアで生まれたユダヤ人であり、当時を代表する偉大な指揮者の一人でした。1911年リハーサル中に舞台上で容態が悪化、その三ヶ月後の5月に亡くなりました。彼の作曲家としての評価は長らく定まっていませんでしたが、現在では20世紀を代表する作曲家として評価されています。

 彼は1888年から1894年にかけて交響曲第2番『復活』を作曲しました。第5楽章を書いたのち、再び第1楽章を改訂し、2つの楽章間の対応を強固なものにしています。

 マーラーは婚約中のアルマに、自身によるプログラムを記した手紙を送っています。ここではその本人によるプログラムを参照しつつ、曲の解説をさせて頂きます。*

 第1楽章 アレグロ・マエストーソ ソナタ形式 ハ短調
   <愛する者の棺の前に立つ時、彼の生涯、その苦悩、
   願望が我々の精神の目の前を通り過ぎてゆく。
   その厳粛な、魂の奥底が震撼させられるような瞬間、
   我々の心に恐ろしく真剣な声が問いかける。
   「この世の生とはなんであるか?そして死とは?この世に不滅なものなどあるのか?
   生きることに意味はあるのか、死には意味があるのか、
   この世が混乱した夢でないという証拠は・・・」
   われわれは、生き続けるのであるなら、この問いに答えねばならない。>

 第1楽章にはもともと『葬礼』という表題がつけられていました。この楽章は終楽章の作曲ののちに編曲され、その強いつながりは「怒りの日」の旋律にも表れています。その旋律は終楽章での黙示「大いなる召喚」と復活を暗示しています。ソナタ形式の中で繰り返される死への強い恐怖は第5楽章でようやく解決されるのです。

 第2楽章 アンダンテ・モデラート レントラー形式 変イ長調
   <愛する個人の生涯の幸福なひととき、
   そして彼の青年時代の失われてしまった無垢への悲しい追憶。>

 マーラーは楽章の構成について「ちょうど現代の小説のようになるでしょう。つまり、途中からいきなり始まり、第2楽章になってようやく、そこに行きつくまでの経緯がだんだんわかるようになるのです」と述べています。この楽章は、決然とした死、そして復活というこの交響曲の根幹に至るまでの、ある男の若き時代の情景といえます。マーラーはハイドン様式のメヌエット、バッハのフーガという音楽の上に、ウィーン舞曲の優しい魔法を注ぎこの美しく牧歌的な楽章を作り上げました。しかし、穏やかな情景も終わりを告げます。

 第3楽章 スケルツォ 三部形式 ハ短調
   <懐疑と否定の精霊が彼に取り憑き、彼は混乱した幻影を見る。
   彼は子供の清らかな心と、愛だけが与えてくれるしっかりとした支えを失う。
   彼は自らと神に絶望する。彼には世界と生が支離滅裂な大騒ぎに思われる。
   すべての存在と生命に対する嫌悪が彼を鉄の腕で捉え、
   彼は耐え切れず、絶望の悲鳴をあげる。>

 第3楽章では、マーラー自身が作成した歌曲集『少年の魔法の角笛』の中の「魚に説教するパドゥアの聖アントニウス」のオマージュが登場します。この楽章の終わりには終楽章が暗示されますが、そこに割り入るように4楽章の“原光”が我々の前に降り注ぎます。それは希望の光、民衆や子供の信仰の光です。

 第4楽章 “原光” 三部形式 変ニ長調
   <素朴な信仰の、心にしみわたる声がわれわれの耳に響いてくる。
   『わたしは神からでたもので ふたたび神のみもとにもどるのだ!
   神はきっと少しなりとも燈火を 頒けてくださることだろう
   光をてらしてとこしえの 至福にみちる生まで みちびいていってくださるだろう』>

 「怒りの日」が大いなる召喚を呼び起こすように、“原光”は復活の歌を待望させます。民衆の素朴な神への祈りは、天国への導きを切に望みます。そうしてあの恐ろしい、第1楽章から約束されていた終末の日がやってくるのです。

 第5楽章 変イ長調
   <われわれは再びありとあらゆる恐ろしい問いの前に、
   第一楽章の終わりに襲われた気分で立っている。
   召喚する声が響いてくる。最後の審判の開始が告げられ、最も恐ろしい日がはじまる。
   大地は震え、墓は口を開き、死者は起き上がり、
   墓から果てしない列をなして行進していく。
   王も乞食も、正義の人も邪悪な人も、皆、逃げ惑う。
   あわれみと慈悲を乞う呼び声が絶叫となって我々の耳を打つ。
   永遠の精霊が近づいてくる時には、我々の感覚は麻痺し、意識はすべて遠ざかる。
   「大いなる召喚」が響き渡る。黙示録のトランペットの響きである。
   聖者と天使たちの合唱が静かに始まる。
   「蘇る そう 蘇るのだ」
   このとき神の栄光が現われる!不思議な、優しい光がわれわれの心にまで
   しみ入ってくる。全ては静寂で至福に満ちている!
   そして見よ、そこにはもはや裁きはない。
   罪人もなく、正しい人、偉大な人、卑小な人とかはなく、罰も報いもない!
   全能の愛の感情がわれわれを、幸福な知識と存在であまねく照らし出す。>

 この楽章も第1楽章と同じく呈示部、展開部、再現部からなる三部形式ですが、元来の機能とはもはやかけ離れた役割を持っています。

 遠方より響くオーケストラ、合唱及び独唱。終末の日の混乱と復活による救いが1つの楽章で表現されています。もはやマーラーの求めた表現は通常のオーケストラの舞台上では収まりませんでした。聴衆はバンダなどにより様々な方向からこの音楽を浴びせられます。天は割れ、地は裂け、地獄の門が開かれます。混沌と絶望渦巻く終末の日も、最後には無限なる神の愛のもとで幸福な光に包み込まれます。最後には万人が主に導かれてこの交響曲は幕を閉じるのです。

 曲が評価されてもなお謎多きメッセージを持つ交響曲第2番『復活』。初演された翌年の1897年にマーラーはユダヤ教からカトリックに改宗しました。この改宗は『復活』と関係があるのかは、今でもマーラー本人以外には知りえません。

 その全貌を体感した時、皆様はどのような物語を描くでしょうか?是非会場でその世界を心ゆくまで堪能して下さい。

 

注釈

*:以下<>(山形括弧)内の文は「マーラーからアルマへの手紙」より抜粋、一部編集したもの

 

参考文献

 著 ヘルムート・キューン,ゲオルグ・クヴァンダー 訳 岩下眞好,村井翔ほか (1989)

  『グスタフ・マーラー その人と芸術、そして時代』 泰流社出版

 著 渡辺裕ほか (1989) 『グスタフ・マーラー』 TBS・ブリタニカ出版

 著 園部四郎 (1971) 『マーラー 交響曲第2番〔復活〕』 より解説 全音楽譜出版