交響的舞曲 Op.45


第203回定期演奏会の最後を締めくくる交響的舞曲は、セルゲイ・ラフマニノフ(Серге́й Васи́льевич Рахма́нинов、 1873-1943)によって1940年にニューヨークで作曲されました。京都大学交響楽団では幾度かラフマニノフの曲を取り上げてきましたが、交響的舞曲を取り上げるのは初となります。

ラフマニノフは1873年4月1日、ロシア北西部の自然豊かな場所に生まれました。幼少期に音楽の才能を見出されたラフマニノフは音楽院に入学し、熱心な勉強の末ピアノ科と作曲科を首席で卒業します。卒業後は作曲と自曲の演奏で生計を立てていましたが、1917年の十月革命を機に家族とともにロシアを発ち、出国後は演奏家としての活動が中心になります。今回演奏する交響的舞曲は出国後に書かれた数少ない曲のうちの1つであり、また人生最後の作品です。題名にあるとおり当初はバレエの振付が予定されていましたが、振付師が完成前に死去したため実現しませんでした。

交響的舞曲は交響曲のように一貫した3曲の舞曲集です。ラフマニノフはこの曲を通して人生を回想したとされ、場面ごとの状況や感情をリズムで表現したと言われています。第1曲では、3曲を通じて用いられる3音のモチーフが湧き出ると、なにかに立ち向かうような闘争的なリズムの後、いかにもラフマニノフらしい望郷のフレーズがアルトサクソフォンを皮切りに様々な楽器で演奏されます。続いて初演で失敗し演奏禁止としたはずの交響曲第1番がとても穏やかな伴奏の上に引用され、苦い記憶を昇華させるかのような半音の音階と神秘的な鉄琴、3音のモチーフの再現で消えるように幕を閉じます。第2曲は衝撃的なファンファーレに始まり、当時の混沌とした情勢を映したアンニュイなワルツが繰り広げられます。第3曲では真夜中を意味する12回の鐘の音をきっかけに、死を意味するグレゴリオ聖歌の「怒りの日」と、主の復活を讃えた自作の聖歌『徹夜禱』のフレーズを交互に稠密に展開させ、最後は”Alliluya”(主の復活を讃えよ)の言葉とともに『徹夜禱』が盛大に鳴り響くものの、どちらに転ぶかわからない人生の結末を暗示するかのように、長調とも短調ともつかない「空虚五度」とよばれる重音と鐘を模した銅鑼の響きで幕を閉じます。

参考文献

C.I.ソコロワ. ラフマニノフ その作品と生涯. 新読書社, 2009.
ニコライ・バジャーノフ. ラフマニノフ : 伝記. 音楽之友社, 2003.
ユ・パニゾフスキー. ラフマニノフと20世紀初頭のロシア音楽文化. 白梅学園短期大学紀要2. 1966, A1-A15
ラフマニノフ 交響的舞曲: 作品45 (Miniature score). 音楽之友社, 2016.