演奏会序曲『南国にて(アラッシオ)』


エドワード・エルガー(Sir Edward William Elgar 1st Baronet,1857~1934)は、行進曲『威風堂々』や『エニグマ変奏曲』などで有名な、近代英国で活躍した作曲家です。

エルガーはイングランド中西部の小都市ウースターで生まれ、そこで音楽教師、地方作曲家としてその半生を送りました。1889年に教え子の一人だったキャロライン・アリス・ロバーツと結婚し、その年の秋本格的な作曲活動のためにロンドンへ進出するも失敗、1年余りでウースターへと戻ります。その後、音楽教師をするかたわら地道に作曲活動を続けていましたが、1897年ヴィクトリア女王即位60周年を記念して作曲した『英国行進曲(Imperial March, op.32)』がヒットしたことから人生の転機が訪れ、1899年に『エニグマ変奏曲(Enigma Variations)』を発表し音楽界から注目をあびます。その後、序曲『コケイン(ロンドンの下町にて)Cockaigne(In London Town)』、行進曲『威風堂々(Pomp and Circumstance)』第一番など名作を立て続けに発表し、国民的作曲家としての地位を確立しました。

エルガー一家が北イタリアのリヴィエラ地方へ保養に出かけた際に、イタリアの風物や歴史から受けた印象を音楽化した作品が、序曲『南国にて(In the South)』です。一家は1903年12月11日にジェノアとニースの間にある海沿いの小さな街アラッシオに到着し、そこで年末年始を過ごしました。1904年1月3日の午後、エルガー一家はアラッシオ町の背後に立つ山の頂にある小村モーリオを訪れました。エルガーとその娘カリスはその「モーリオ」という語感がいたく気に入り、曲の随所にこの「モーリオ」をモチーフにしたメロディーが現れます。その数日後にはアンドーラを訪れ、古代ローマ時代の遺跡を目にし、曲へのインスピレーションが沸いたとされています。

序曲『南国にて』は、正格のソナタ形式からはかなり自由なスタイルでかかれており、事実上の交響詩といえます。冒頭、二小節の短い前奏の後、雄弁な第一主題がチェロとホルンによって演奏されます。リヒャルト・シュトラウス(Richard Georg Strauss,1864~1949)の交響詩『ドン・ファン(Don Juan)』*2を思わせるこのきらびやかなフレーズには、イタリアに到着した旅人の高揚した気持ちが表現されています。続いてヴァイオリンによって演奏されるフレーズは、前述したモーリオをモチーフにしたメロディーであり、その変形が続けて演奏されます。

旅人の興奮が静まると、モーリオののどかな風景を思わせる第二主題を弦楽器が演奏します。やがてクラリネットによるモーリオの主題を経て、重々しく威厳のある「ローマ人の主題」がトゥッティで演奏されます。この主題は執拗に繰り返され、かつてのローマの栄光と、ローマに踏みにじられた諸民族の悲惨が想起されます。

「ローマの栄光と悲惨」が過ぎ去ると、旅人は再び現実へと引き戻されます。星の瞬きを思わせるグロッケンシュピールの響きに導かれ、ヴィオラ独奏の牧歌的で憂愁を帯びた旋律が奏でられます。イタリア語で「カント・ポポラーレ(Canto Popolare)」(民謡)と名付けられたこの旋律は、のちに独奏ヴィオラや独奏ヴァイオリン用にも編曲された有名なメロディーです。イタリアの素朴な民謡を思わせますが、実はすべてエルガーの創作であったとされています。

ヴィオラ独奏が終わると、再び先行する諸主題が自由な形で展開されます。最後は、第一主題が管楽器群によって華やかに繰り返されて終わります。

躍動的な主題から重々しく壮大な響き、のどかで牧歌的な旋律まで、色彩豊かでたくさんの魅力が詰まった作品です。ぜひ演奏会でお楽しみください。

*1 リヴィエラ地方:イタリア北西部の沿岸に位置する地方。
*2 交響詩『ドン・ファン』:リヒャルト・シュトラウスが1888年に作曲した交響詩。

参考文献

・『エドワード・エルガー 希望と栄光の国』水越健一著 武田書店
・『イギリス音楽の復興 音の詩人たち、エルガーからブリテンへ』マイケル・トレンド著 木邨和彦訳 旺史社刊
・『エルガー 序曲《南国にて》』 日本楽譜出版社