幻想交響曲 Op.14


ベルリオーズ(Louis Hector Berlioz, 1803-1869)は19世紀フランスのロマン派音楽家です。幼少期の音楽経験は小さな田舎町でフルートなどを習った程度でした。彼は音楽の才能を認められながらも父に従い一度はパリの医学校に入学します。しかし、在学中にオペラ座に通い詰めて音楽に没頭し、ついには医学を辞めて音楽の道に進みました。その後、彼は序曲「ローマの謝肉祭」や今回の定期演奏会で演奏する「幻想交響曲」など数々の作品を生み出します。

「幻想交響曲」はベルリオーズが英国劇団の女優スミスソンに激しい恋情を抱き、1827年に作曲したものです。
彼の記したプログラムノートにはこう書かれています。

病的な感受性と想像力に富んだ若い芸術家が、恋に絶望し、アヘンによる服毒自殺を図る。しかし、薬は致死量には足りず、彼は、重苦しい眠りの中で奇怪な幻想を見、その中で感覚、感情、記憶が彼の病んだ脳の中に観念となって、そして音楽的な映像となって現れる。愛する人が旋律となってまるで固定観念のように、そこかしこに現れてくる。

このように物語が提示され、情景を想起させる音楽を標題音楽といい、当時の交響曲にはほとんどない形式でした。当時、ベートーヴェンの交響曲6番には「田園」という題や情景描写が存在しており、これに大きく影響を受けたベルリオーズは「幻想交響曲」を曲全体を通して情景を想起させる構成に仕立て、標題音楽の道を切り開きます。それに止まらず、当時の管弦楽法の最先端であったベルリオーズは交響曲には使用されたことのなかった新たな楽器や奏法を取り入れることに情熱を注ぎ、大胆かつ斬新な手法で交響曲の歴史に新たな1ページを加えました。

ここからはベルリオーズの記した筋書きに沿って各楽章の解説をさせていただきます。

第一楽章 Rêveries, Passions(夢・情熱)

彼は、愛する人に巡り会う前に抱いていたやるせない心の不安や漠然とした情熱、時ならぬ喜びや憂鬱などを思い起こす。やがて心の中に突然点火された熱い恋情、狂気に近い恋の苦しみ、嫉妬、怒りが思い出される。しかし次第に鎮静し、最後には宗教的な慰めが訪れる。

第一楽章はベルリオーズが少年時代の初恋の際に作曲した旋律から始まります。その悲しげな旋律は、成就しなかった初恋の彼女への想いや、スミスソンと出会う前に婚約破棄されてしまった女性への想いといったベルリオーズ自身の悲恋が反映されているかのようです。やがて若き芸術家が愛する人と出会い、彼女のテーマが始まったところから激しい恋情を展開していきます。しかし、キリスト教において女性に対する好意は7つの大罪の1つ、“色欲”にあたるとして彼は思い悩みます。そのため、最後に鳴り響く教会音楽的なハーモニーは思い悩む彼が神に救いを求めているシーンだと言われています。

第二楽章 Un bal(舞踏会)

彼は、賑やかな舞踏会で、再び愛する人の姿を見る。

第二楽章では舞踏会を思わせるワルツを複数台のハープが華やかな音色で彩り、その中で木管楽器のソロによる愛する人のテーマが奏でられます。ハープの音色と夢の中で見た美しい彼女のテーマが印象的な楽章です。

第三楽章 Scène aux champs(野の風景)

夏のある夕暮れ時、静かな野に一人たたずむ芸術家は2人の牧人の奏する牧笛に耳を傾ける。そよ風に揺らぐ木々のざわめき、微かに抱き始めていた希望。それらが彼の気持ちを幸福にしている。しかし、突然、愛する人の幻影が現れ、彼の胸は不吉な予感にわななく。もし彼女が自分を欺いたらどうしよう?心は嫉妬に狂い始める。やがて牧笛が聴こえてくるが、なぜかもうひとりの牧人は笛を吹かない。焦燥、日没、雷鳴の轟き、孤独、静寂。

第三楽章は舞台上のイングリッシュホルンと舞台の外にいるオーボエによる掛け合いから始まり、緩やかなテンポで広大な野原が表現されます。そこにあるのは恋の苦悩から逃れ、安堵する若き芸術家の姿です。しかし愛する人の幻影が現れ彼の中に不安を引き起こします。それを反映させたような、寒々とした野原や轟く雷鳴といった彼の夢の情景が様々な楽器の演奏で鮮明に浮かび上がります。曲の終盤にはイングリッシュホルンのソロがありますが、最初に掛け合いをしていたオーボエは現れません。まるで彼の心の声に答えてくれる人がいないことを示唆するような情景です。

第四楽章 Marche au supplice(断頭台への行進)

嫉妬に狂った芸術家は、夢の中で、愛する人を殺してしまい、死刑を宣告され、刑場へと引っ張られて行く。その行列の行進曲は、時に憂鬱で荒々しく、時に輝かしく荘厳に響く。ギロチンが目前に迫った時、再び愛する人の幻影が現れる。言うなれば、これは死の恐怖を打ち破ろうとする最後の愛の追憶なのである。

第四楽章はトロンボーンなどの金管楽器によって賑やかな行進曲が繰り広げられます。その後、愛する人のテーマが一瞬登場したかと思うと次の瞬間にはギロチンで首をはねる打撃音、首が地面に落ちる音が鳴り響き、ファンファーレで締めくくられるというサイケデリックな構成です。

第五楽章 Songe d’une nuit du Sabbat(魔女の夜宴の夢)

死んだ芸術家は、悪魔たちの狂宴に列席する。悪魔たちは彼を弔うために集まってくる。怪しげな鳥の声、嘆息、笑い声。その時、愛する人の主題が現れるが、それは以前の気品を持ち合わせていないグロテスクな舞曲となっている。愛する人は魔女となって狂宴に加わる。歓迎のよどめき。弔いの鐘の音。茶化された“怒りの日”の旋律が聴こえてきて、さらに魔女の踊りが始まると、それらは一体となり、熱狂していく。

第五楽章は不気味な音楽から始まり、変わり果てた愛する人のテーマや特徴的な教会の鐘の音が鳴り響きます。そこから2本のチューバ(オフィクレイド)と4本のファゴット、続いて中低音楽器、最後に高音楽器によって死者のためのミサであるという“怒りの日”が繰り返し演奏されます。この“怒りの日”は楽器が変わるごとに形を変え、高音楽器の演奏では奇妙で軽快なものになります。その合間には、弓の木の部分で弦を叩くというコル・レーニョ奏法で骨が擦れる音を表現するなど加速度的に奇怪な音楽に変容していき、熱狂の中で若き音楽家の悲しき恋の夢、幻想交響曲は幕を閉じます。

当時、ベルリオーズが使用した楽器、技法など、そのどれもがリストやマーラー、サン=サーンスなど後世の作曲家に大きな影響を与え、今日の私たちの音楽という文化の中にもその偉業を感じ取ることができます。
そんなベルリオーズの大作、「幻想交響曲」をぜひ会場でお聴きください。

参考文献

  • 著 中島克磨 「ベルリオーズ 幻想交響曲作品14」 より解説 全音楽譜出版
  • 著 ヴォルフガング・デームリング 訳 池上純一 「ベルリオーズとその時代」 西村書店
  • 著 E・ベルリオーズ 訳 丹治恒次郎 「ベルリオーズ回想録」 白水社
文:宮川(Fg.)