カリンニコフ 交響曲第1番ト短調


 ヴァシリー・セルゲエヴィチ・カリンニコフ(英:Vasily Sergeyevich Kalinnikov 1866-1901)は、現在のモスクワとキエフの間にある、オリョール県ヴォイナに生まれました。貧しい家庭に育った彼は、モスクワ音楽院に入学するも学費を払えず退学になるなど、数々の苦難に見舞われました。そして最晩年には結核を発症し、35歳の誕生日を目前に控えた1901年1月11日に、その短い生涯を終えました。夭折であることから作品数も少なく、彼の作品はよく知られているとは言えませんが、今回演奏する「交響曲第1番 ト短調」には確かな魅力があります。

 1894年から95年にかけて作曲されたこの作品は、ニコライ・リムスキー=コルサコフから草稿を酷評されるなどの困難を経ましたが、ロシア近代音楽の代表的作曲家であるセルゲイ・ラフマニノフの尽力によってユルゲンソン社から出版され、無事1897年にキエフで初演されました。
 それでは、この曲について具体的に見ていきましょう。

第1楽章 Allegro moderato

 弦楽器によって演奏される印象的なト短調の第一主題から始まります。シンコペーションのリズムに乗りながら展開を見せた後、ホルン・ヴィオラ・チェロにより美しい第二主題が奏でられ、これらの主題を転調や変奏を伴い繰り返しながら、多様な展開を見せます。曲がクライマックスを迎えた後、一旦の静寂が訪れると、オーボエにより第一主題が想起され、唐突に全管弦楽の強奏によって締めくくられます。

第2楽章 Andante commodamente

 ヴァイオリンとハープによって三度音程が繰り返され、静謐な雰囲気を伴って曲は始まります。コールアングレとヴィオラ、クラリネットとチェロの組み合わせによって、穏やかで美しい旋律が奏でられると、オーボエが抒情的な旋律を奏でる躍動的な部分に移行します。曲は徐々に情熱を帯びていき、クライマックスを迎えますが、その後は再び冒頭の静謐な雰囲気へと回帰し、静かに消えるように終わります。

第3楽章 Scherzo: Allegro non troppo

 前の楽章とはうってかわって、リズミカルで快活な舞曲形式の楽章です。弦楽器がトゥッティで民族舞踊的な主題を奏でると、様々な楽器によって軽快なメロディが奏でられ、極めて多様に展開していきます。
 やがて四分の二拍子の中間部へと移行すると、がらりと雰囲気を変え、オーボエによる息の長い旋律が奏されます。曲は盛り上がりを見せ、管弦楽全体によって強奏部へと移行しますが、また徐々に静けさを取り戻していきます。再びスケルツォの動きが回帰し、快活に楽章を締めくくります。

第4楽章 Allegro moderato~Allegro risoluto

 まず、第1楽章の冒頭の主題から始まることで印象付けられるこの楽章は、すぐに活発な四分の二拍子へと移行します。これまでの楽章に登場した様々な主題が登場し、実に自由で多様な展開を見せます。
 民族舞踊のような動きを見せながら曲が最高潮に達すると、最後は四分の三拍子のMaestosoへと移行し、第2楽章を特徴づけるメロディが、低音金管楽器をはじめとする楽器群によって力強く奏でられ、高音木管楽器や弦楽器、トライアングルによって奏されるリズムに乗って展開していきます。最後は全管弦楽によるト長調の和音によって、力強く締めくくられます。

 夭折の天才による渾身の力作を、ぜひ会場にてお楽しみください。


参考文献
濱田滋郎解説『カリンニコフ 交響曲第1番ト短調』2013年,日本楽譜出版社

『夜想曲』より「雲」「祭り」


  クロード・ドビュッシー(Claude Achille Debussy,1862-1918)は 19世紀から20世紀にかけて活躍したフランスの作曲家です。 10歳でパリ音楽院に入学し、ピアノや作曲において優秀な成績を収めました。22歳で作曲賞であるローマ大賞1位を受賞してパリ音楽院を卒業した後、彼は伝統にとらわれない音楽的手法を用いて『亜麻色の髪の乙女』『海』『喜びの島』など誰もが聴いたことのある数々の名作を生み出します。

  今回の定期演奏会で演奏する『夜想曲』は〈雲〉〈祭り〉〈シレーヌ〉の3曲で構成されていて、1897年から1899年にかけて作曲されました。初演は1900年12月9日に〈雲〉〈祭り〉のみが演奏され、翌年に全曲の初演が行われました。今回の定期演奏会では初演時と同様に〈雲〉〈祭り〉のみを演奏します。
  ドビュッシーの作曲したこの『夜想曲』は、作品に音楽用語を多用しているホイッスラー(1834-1903)の絵画に影響された説やスインバーン(1837-1909)の詩に着想を得た説など様々に推測がなされていますが、実際のところ定かではありません。ドビュッシー自身はこの『夜想曲』について、「他の夜想曲のように伝統的な形態をとっているわけではないため、夜想曲という言葉を装飾的な意味で捉えて、ここから想起される特殊な印象や光がこの曲にとって重要な要素である」と述べています。

  1曲目の〈雲〉をドビュッシーは「白みを帯びた灰色の中に消えていく雲のゆっくりとわびしげな動きを表現した曲だ」と述べています。クラリネットとファゴットの旋律から始まり、情景を一変させるコールアングレのソロが入ると、今度は冒頭と同じ旋律が弦楽器によって演奏されます。コールアングレのソロと冒頭の旋律を演奏するという一連の流れが繰り返される中に時折、暗雲が立ち込めるような旋律や、光が射したようなフルートのソロが聴こえます。この曲では途中で挿入される旋律の色の違いもさることながら、冒頭と同様の旋律がオーボエとヴィオラのソロなど様々な組み合わせで繰り返し演奏され、楽譜上では同一の形にも関わらず色の濃淡を感じることができます。
  2曲目の〈祭り〉についてドビュッシーは、「光が眩しく差し込み、祭りで踊るようなリズムの中に、それを横切る行列の旋律がいつまでも鳴り響く音楽である」と述べています。ドビュッシー自身の言葉が抽象的で、この祭りが何を表現しているのかは断定できませんが、木管楽器や弦楽器の眩惑的な光の動きや陰りの中に楽隊と思しき旋律が組み込まれるところから、一貫して夜想曲は特殊な印象や光を想起させる曲であることがうかがえます。この曲はきらびやかな光の動きの中で花火を打ち上げるような旋律を演奏するハープや、楽隊のような高らかな響きを伴う金管楽器、その動きを支える打楽器が特に印象的な作品となっています。

  言葉の注釈が加わると抽象的でやや難しい印象のあるドビュッシーの音楽ですが、彼の残した楽譜からは彼が感じていた色や光をそのまま感じ取ることができます。ぜひ会場でご体感ください。

〈参考文献〉
作曲家別名曲解説ライブラリー⑩『ドビュッシー』 1993年,音楽之友社
著 テオ・ヒルスブルンナー 訳 吉田仙太郎 『ドビュッシーとその時代』 1992年,西村書店

幻想序曲『ロメオとジュリエット』


  16世紀末、イングランドの作家ウィリアム・シェイクスピアによって戯曲『ロメオとジュリエット』が書きあげられました。舞台は14世紀のイタリア、ヴェローナ。長きにわたる抗争の中にあるモンタギュー家の一人息子であるロメオとキャピレット家の一人娘であるジュリエットは禁断の恋に落ちます。僧侶ロレンスの助力を得た二人は秘匿に婚約を結びますが、キャピレット家の主君の甥を争いの中殺害してしまったロメオは、ヴェローナ追放の憂き目にあってしまいます。ジュリエットはロレンスに協力を仰ぎ、仮死の毒を使った逃亡計画を立てますが、この計画を知らなかったロメオは仮死状態のジュリエットを見て自害し、目覚めたジュリエットもロメオの遺体を見て命を絶ってしまいます。この物語は多くの作曲家を魅了し、音楽作品として生まれ変わって来ましたが、チャイコフスキーもこの曲に魅せられた作曲家の一人でした。

  ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(露:Пётр Ильич Чайковский 1840-1893)はバレエ音楽『白鳥の湖』や交響曲第6番『悲愴』など、世に広く知られる名曲を数多く生み出したロシアの作曲家です。彼は当初から音楽家としての人生を送っていたわけではありませんでしたが、21歳の時に知人の紹介でロシア音楽協会のクラス(後にペテルブルク音楽院に改組)に編入して音楽にのめりこみ、その結果、音楽家としての道を歩み始めます。

  幻想序曲『ロメオとジュリエット』はペテルブルク音楽院を卒業した後に、モスクワ音楽院で講師として教鞭をとり、[1]ロシア五人組との交流を持ち始めたころに作曲された初期の名作です。チャイコフスキーは前述のロシア五人組(注1)との交流の中で、ミリィ・バラキレフの提言によりロメオとジュリエットを題材とした作品の作曲に着手したと言われています。

  この曲は主に、ロメオとジュリエットの恋を助力する僧侶ロレンスのテーマとされる讃美歌風のテーマ、モンタギュー家とキャピレット家の闘いのテーマとされる第一主題、愛のテーマとされる第二主題によってシェイクスピアの戯曲を音楽的に表現しています。後半では二つの主題が絡み合い、クライマックスへの盛り上がりを見せる中でトランペットによる悲痛な叫び声のようなメロディが奏でられ、葬送行進曲風のコーダと昇天を表すかのようなファンファーレによって幕を閉じます。

  チャイコフスキーによって見事に表現されている、シェイクスピアの戯曲がもつ喜びや憎しみ、悲しみを頭の中で物語をなぞりながら聴いていただけると幸いです。


用語解説
[1] ロシア五人組:19世紀後半にロシアの民族的音楽を志向した作曲家集団。ミリィ・バラキレフ、ツェーザリ・キュイ、アレクサンドル・ボロディン、モデスト・ムソルグスキー、ニコライ・リムスキー=コルサコフからなる。


参考文献
池辺晋一郎『チャイコフスキーの音符たち -池辺晋一郎の「新チャイコフスキー考」』2014年,音楽之友社
森田稔『ロシアの魅力 -グリンカ・ムソルグスキー・チャイコフスキー』2008年,東洋書店

客演指揮 篠﨑靖男先生インタビュー


プログラムについて

205-fea-cond

――まずは3曲を通したコンセプトについてお話しいただければと思います。

 フランスとロシアは全く違う国なんだけど、たくさんの作曲家がいた中で、オーケストレーションというものが豊かになった19世紀。その集大成のような3曲です。

 チャイコフスキーとカリンニコフについて。カリンニコフはチャイコフスキーを尊敬している人で、ものすごく関係があった。チャイコフスキーは19世紀にオーケストレーションを完成させて、次のプロコフィエフやショスタコーヴィチに向かってロシアの音楽は違うぞっていうのを見せた。世間に忘れられかけていたのが、今になってリバイバルした。19世紀と20世紀を橋渡しした、ヨーロッパのロマンティシズムの集大成のような位置づけ。
 それに反面フレンチ。例えばベルリオーズはたくさん楽器を使っているがハーモニーはそこまで新しいわけじゃない。フランスのオーケストレーションやハーモニーのひとつの到達点がドビュッシー。そういった意味で(今回のプログラムは)面白いカップリングだと思います。

 フランスとロシアは文化的なかかわりが強い。特に帝政ロシアの終わりごろ、知識階級はフランス語で会話していたり、チャイコフスキーの家庭教師はフランス人だったり。チャイコフスキーっていうのは『ロメオとジュリエット』という物語を、物語の内容だけじゃなくてそこに流れているアトモスフィアみたいなものを色彩感として表現できている。そういった意味でドビュッシーの『夜想曲』も幻想的。自分の頭の中の幻影に色彩感を混ぜている。
 そんな感じで、フランス音楽とロシア音楽はカップリングとして合うんですよ。僕はフランス音楽とチャイコフスキーが大好きなんです。

 そしてカリンニコフ。実は今回初めて知りました。京大オケに「この曲どうですか」ってお願いされて勉強させてもらって、こんな面白い曲があるんだと思った時点ですごく感謝しているし、本番まで楽しみで仕方ない。彼ら(カリンニコフを含めた作曲家)も若い中で野心がありながら、ロシアの音楽っていうものをなにか自分たちなりに作ろうとした。でも若くして死んでいるから、反対に、一番野心的なときだけが残った。ひとによっては、ドビュッシーのハーモニーが入っているとかいう人もいるわけですよ。それもありえることです。今回は19世紀後半のひとつの音楽の到達点をやるコンサート。

――『ロメオとジュリエット』についてお聞かせください。

 テーマは簡単、「愛はなにものにも勝つ」。でも恥ずかしいでしょ、この時代に愛はなにものにも勝る、みたいな。でもそれを大きな声でいう曲なんです。これはチャイコフスキーのテーマでもある。彼はマンフレッド交響曲も入れたら、交響曲を7つ書いている。でも、一番彼のことを理解しやすいのはバレエ音楽なんですよ。一番若い時に書いたのは『白鳥の湖』なんです。次に『眠りの森の美女』、『くるみ割り人形』なんです。テーマ的には逆順のように思えるけど聴いていると『くるみ割り人形』が一番熟している。で、『ロメオとジュリエット』もそうだけど『白鳥の湖』のテーマは「愛はなにものにも勝つ」なんですよ。その「勝つ」っていう部分が、揺るがなくシンボリック。

 たとえば『ロメオとジュリエット』の出だしのクラリネットとファゴットの4声の[1]コラールがあるでしょ。あれがまずシンボル。ところどころにいろんな闘いがあったり、慟哭があったり、純粋な部分があったりするけど、シンボルが出てくるときは絶対に揺るがない。(曲の後半になって)金管楽器があれを吹いたときの感動ね。だからあのフレーズが曲の冒頭から出てくるので、そこはロマンティックにおぼれないようにしたい。シンボルだから。絶対的な強さがあるから。
 その中にヴィオラとコールアングレが出てくるところ(愛のテーマ)、我慢してたけどたまらなくて、「やっぱり好きだ!」って言っているメロディーとか、いろんなものがあって、ものすごくロマンティックなんだよね。しかも『白鳥の湖』なんかもそうなんだけど、裸にロマンティック。なんの準備もなく、急にそのフレーズが出てくる。そのときのこっち(演奏する側)の意気込みがしっかりないと曲にならない。美しいだけで終わってしまう。

――『夜想曲』についてはいかがですか。

 彼のヴィジョン、視覚というもの、本当に見えているというよりは頭の中で見えているものをすごく突き詰めて音にした人だと僕は思うんです。曲の出だしは雲が広がっている。印象派の絵もそうだけど、ドビュッシーは自分の中でつくりあげてキャンパスに表す。光っていうものを特に突き詰めたものだと僕は思う。それが3曲目(シレーヌ)になったときに明らかになる。今回は演奏しないけども。3曲はかなり傾向が違う。1曲目(雲)と2曲目(祭り)はそれぞれで出来上がっている。3曲目はまた新しいものをつけた感じ。

 今回やる1曲目と2曲目に関して。例えば2曲目。みんな鋭いリズムとかいろいろなことをやっているときに、トランペットが急に入ってきて、祭りの行列が始まる。でもこの行列にしたって、いくら目を凝らしても見えない行列のような気がするんだよね。でも確かにある。そういうのを表現するためにソルディーノ(弱音器)使ったり、ハープと弦楽器を使ってみたり。コントラバスとハープとティンパニとか、この時代の中ではこの組み合わせは考えられないんだよ。後の時代の人はやるけど。聴いている人からしたら、「こんな音聞いたことない」っていう音が聞こえてくるんだよね。それでどんどん楽器が増えて期待感が高まってきたところに、トランペットの聞いたことない音が聞こえてくる。そういった部分がドビュッシーのオーケストレーションとハーモニー感のうまさよね。
 あと、下(の音域を担当するパート)がずっと同じ音を演奏していて、上だけ音が変わっていくでしょ。これがすごくドビュッシー的。不協和音だけど不協和音に聞こえない、だから全く別のメロディーが入ったって違和感がない。音の新しい要素、光が入り込んでくる。バラバラじゃないけど全く別のもの、それがひとつのキャンバスに入っている。そういうのがドビュッシーの凄さ。
 そしてこれが「どこかで聞いたことある」という感じなんです。なんだろう、どこかで聞いたことがある、今まで触れた中で一番美しいもの…みたいな。(ドビュッシーの曲は)こういう部分で引き込まれるんだよね。これがなかったら遠い存在だから。

――カリンニコフの「交響曲第一番」についてもお願いします。

 カリンニコフは、ものすごくロシアを愛した人。あの当時チャイコフスキーもムソルグスキーもドヴォルザークも、自分たちの音楽の確立を一所懸命考えた。それまではフランス、ドイツ、イタリア、この3つの音楽が最高だった。自分たちの民謡みたいな曲なんか、クラシック音楽じゃないという感じで。我々日本人で言ったら、「赤とんぼ」とか「さくら」みたいな曲を、ベートーヴェンとかと同じクラシックだって言いにくいでしょう?でも明らかに自分たちの音楽だよね。
 全楽章、チャイコフスキーとかの影響を受けているとはいえ、全く物まねじゃないんだよね。早く亡くならなかったらもっと有名だったんじゃないかな。交響曲って考えてみると、[2]ロシア5人組ってそんなに書いていない。チャイコフスキーが書き始めて、彼は交響曲として結晶させるところまでいった。そこからどう発展させるかというところで、(カリンニコフの交響曲第一番は)ものすごくなじみ深いメロディーがありながら、大胆なハーモニーがどんどん出てくる。対位法的にもすごく高級な作曲技法を使っている。これからますます注目されていく曲だろうね。

――作曲の背景として、病気の療養期間に入っていたということですが。

 そうよね。20代の頭くらいからずっと病気で。亡くなったのは34だよね。この曲を初演した場所はキエフ。療養したのは?

――ヤルタですね。

 いわゆるあったかいところだね。ロシアの冬は凍るからね。僕はフィンランドに住んでたじゃない。冬になると凍るんですよね。フィンランドは第二次世界大戦の敗戦国で、僕が指揮してたとこは、ほぼ爆弾でやられてた街だった。そこに住んでるおじいちゃんとかに話を聞くとね、一面凍って、そこにロシアの、氷の上を走れる戦車がやってきてやられたらしい。一度ね、僕がフィンランドに滞在してたとき、凍り始めた日ってのがあったんですよ。薄氷が手前の方にあって、雪がまだ降ってないから空の太陽が当たって、本当に美しかった。鏡みたいで。写真も撮ったんだけど、そういう色合いってその瞬間しか見えないし、写真撮っても実物とちょっと違うんだよね。
 だけど、音楽ってそれを再現できるんですよ。ドビュッシーは光だし、チャイコフスキーは人間の愛だし、カリンニコフはロシアの土地や自分自身だし。そういう漠然としたものを音楽に表現した。

 もうひとつ面白い話があるんだけどね。あのへんの時代のオペラとバレエの違いって何が違うか。オペラは普通にありえる生活なのよ。バレエは、全部童話でしょ。ありえないこと。例えば『白鳥の湖』で、急に言葉で「白鳥に変身するぞ」って言ったら変でしょ。ああいう物語に言葉を入れてしまうと、漫画みたいになっちゃう。バレエは言葉なしの音楽だけ。雰囲気であったり情感であったり、ひとの心の奥底であったり、光であったり。僕が(京大オケで)前回やったプロコフィエフを例に挙げると、バレエで有名なのは『シンデレラ』と『ロメオとジュリエット』。『シンデレラ』は、あれをオペラにすれば子ども向けになっちゃうと思う。バレエにするから、大人も楽しめる。『ロメオとジュリエット』にしたって、恋を初めてしたような年代でしょ。だから現実の生々しい人間というよりもっとファンタスティックな部分であの物語は成立してる。童話でもなく、現実社会でもない、真ん中あたりにある。言葉にならないからこれだけ伝わるんだろうね。

京大オケについて

――京大オケで指揮を振っていただくのは、今回で3回目ですね。

 最初は20年前くらいですね。今とは社会も違うけど、やっぱり同じ雰囲気があるんですよね。大学オケだから人は変わるんだけど、脈々と受け継がれてきた伝統がある。「自分たちはこのくらいのレベルまでやらなきゃいけない」っていうのがちゃんと続いている。いろんなオーケストラを振りに行くんですけど、あるときに「ああこのレベルが限界かな」と思うときがあるんですよ。もうちょっと超えるのが頑張りどころなんだけど。京大オケの場合もそうだけど、そのレベルに届かなかったり超えたりする年がある。高いレベルをいつも知ってて、でもそのレベルは何年か一度、いろんな要素が集まってできたくらいのレベルだから。そうじゃないときにも、「ここまでいかなきゃだめなんだ!」っていう、そのレベルが高い。それがずっと伝統としてある。だから、「これじゃだめなんだ」っていう期間がなかなか終わらない。だから初回の指揮者練習のときも、今回の曲の練習を始めて1か月ちょっとなのに、一定のところまで来てるからね。「篠﨑先生よろしく」で丸投げじゃない。

 あとあるのは、いい意味でのオーケストラのプライドと、目の輝き、って言ったら簡単なんだけど。いいものやればやるほど、音楽から与えてくれる。感動を。いいものを突き詰めて、いいものやったなっていう感動を、入ってくる後輩たちに伝えていくのがずっと続いていく。20年前と4年前と今と、「こう言ったらこう返ってくるだろうな」というのが変わらない。

 あとね、ひとつ言えることはね。音って、武器とか嫌がらせにも使えるんですよ。見たくないものは目を瞑ればいいし、臭かったら鼻をつまめばいい。でもね、音だけは逃げられないんだよ。耳栓したら大丈夫とかはあるかもしれないけども。人間の視聴覚の中で破格に割合をとっているのは目。でも目は閉じたらなんとかなるんだけど、耳は閉じられない。無意識に入ってくる。だから、音楽っていうのは危険を伴う芸術なんだよね。
 例えば車を運転しているときにきれいな景色が見えたとして、マーラーのアダージェットみたいな静かで美しい曲を流すか、ワルキューレの騎行みたいなアップテンポな曲を流すかで、同じ景色が全く違うように見えるからね!アクセルの踏み具合も変わるからね。おかしいでしょ、視覚が脳の中で一番ウエイトがあるのに。だけど視覚が変わったからって音楽の印象はそこまで変わらないよ。コンサート会場がボロボロであっても金ぴかであっても真っ暗であっても、気持ちは変わるかもしれないけど、音楽の印象は変わらない。

 だから音楽を聴いているだけで、どこかで見た視覚がよみがえるんだよね。それが面白いことだと思うんです。音楽を楽しみたいと思ったら、どれだけ美しいものを見てるか、美しい経験があるか。室内で練習するのもいいんだけど、絶対僕は、音楽する人は美しいものを見た方がいいと思う。そうじゃないと、美しいものを表現できない。頭の中で理想を追い続ける、そういうことをやっていきたい。

――ありがとうございました。



 編集後記
 国内外を問わず指揮者としてご活躍している篠﨑先生に、お忙しい中貴重なお話をいただくことができました。篠﨑先生には今回の定期演奏会に向けて、来箱(客演指揮者をお招きするホール練習)のほかに、普段の全体合奏やセクション分奏も不定期でご指導いただいており、団員一同気を引き締めて練習に励んでおります。各団員と篠﨑先生の熱い思いが込められた音楽を、ぜひ会場にてお楽しみください。


用語解説

[1]コラール:ここでは、聖歌的な雰囲気や響きを持ったフレーズのことを指す。

[2]ロシア5人組:19世紀後半にロシアの民族的音楽を志向した作曲家集団。ミリィ・バラキレフ、ツェーザリ・キュイ、アレクサンドル・ボロディン、モデスト・ムソルグスキー、ニコライ・リムスキー=コルサコフからなる。

[3]ワルキューレの騎行:余談だが、その曲調ゆえ、ドライブ中にかけてはならない危険な曲ランキング1位になっている(イギリスのRAC Foundationによる2004年の調査に基づく)。

ソリスト 澤和樹先生インタビュー


① ショーソン「詩曲」について

澤先生:フランスのジネット・ヌヴーという女性のヴァイオリニストがいて、残念ながら飛行機事故により30歳の若さで亡くなってしまいましたが、わずかながら録音が残っています。歴史的名演と言われるショーソンの「詩曲」も、元々SPだったのをLPレコードに直したのを探し出して聴きましたが、当時、高校生だった私にとっても非常に衝撃的でしたね。フランス系の音楽ではあるけれども、すごく心に直接訴えかけるヌヴーの演奏もそうですが、すごく憧れを感じた曲でした。その後、大学2年の日本音楽コンクールに出場した時の予選の課題曲だったこともあって、かなり深く勉強した曲ですし、外国の国際コンクールを受けた時も、自由曲の一つとして持っていったり、1976年に、21歳で故郷の和歌山と大阪でのデビューリサイタルでも、ショーソンの「詩曲」はプログラムに加えていました。そういう意味で若い頃から思い入れのある曲ですね。一方で、これまでオーケストラ伴奏で演奏した事はありませんでしたので今回の京大オケとが初共演です。

② ショーソン「詩曲」の解釈について

学指揮:ありがとうございました。音楽的なことになるのですが、ショーソンは音源などを聴いて、色々な解釈があるなあと思います。物語が元々になった詩というのがあって、そのタイトルをそのままつけずに「詩曲」というだけにしているのもあって、結末が最後どうなってしまうのだろうとかそういう解釈が人によって異なるんじゃないかなと思っているのですが、そこに関してはどういう風に思っていますか?

澤先生:そうですね、「詩曲」というのはいわゆる標題音楽ではなくて、作曲者としては絶対音楽として捉えてもらいたかったんだろうと思うんですよ。元々詩でインスピレーションを受けたけれども、それに限定されるよりは、聴く人、あるいは演奏する人の独自のイメージっていうのを作ってもらった方がいいと思うんですけれども。

③  ショーソンと幻想交響曲の組み合わせについて

学指揮:幻想だったらショーソンがいいと思いますよと先生がおっしゃったと思うんですが、そういうところの関連性はどうなんでしょうか?

澤先生:自分自身の、好みというかテイストでそう思っているだけかもしれませんが、ベルリオーズの、それこそ名前の通りすごくファンタジックな感じというのはショーソンの「詩曲」とすごく高め合うものだと思いますし、一方で、ショーソンはすごくワーグナーの影響を受けていて、トリスタン和声とよく言われていますね。「トリスタンとイゾルデ」の前奏曲なんて特に、あっこれショーソンのポエムと一緒だっていうところが何箇所も出てきて、関連を思うのもなかなか楽しいことだと思いますよ。
あとは、私は若い頃、結構ヴァイオリニストのイザイ(ウジェーヌ・イザイ)に傾倒していた時期があって、大学院の修士論文でイザイの無伴奏ソナタをテーマにしましたし、その直前にパリのロン=ティボー国際コンクールでイザイ・メダルという賞を頂いたんです。自分が若い頃ってイザイの音源を見つけるのがなかなか大変だったんですが、自分の感性にすごく合っているなあという風に思っていて、イザイの曲、あるいは本当に少ないけれどイザイの実演の音源などを聴くと、やっぱりショーソンのポエムがイザイの演奏を想定して書かれているということを思うものがあります。なにか本質的に自分が求めている音楽とイザイの音楽、あるいはショーソンの音楽に結びつくものを感じて、それが特に若い頃にショーソンのポエムをいろんな場面で弾きたいと思った理由にもなっているのかも知れません。
ショーソンには、ヴァイオリンとピアノと弦楽四重奏のための協奏曲という、これもなかなかの大曲があって、私の妻がピアニスト(蓼沼恵美子)で、イギリスの湖水地方音楽祭で弦楽四重奏団と一緒にその曲をやったことがあります。ただピアノパートがとんでもなく難しいらしくて。ヴァイオリンパートはなかなか美味しいところがあって私は楽しんでましたけど、妻は二度とやりたくないと言ってます(笑)
僕はもう一回やりたいな・・と(笑)

④ 田中祐子先生との共演について

澤先生:今回田中祐子さんとの共演もすごく楽しみにしています。今や超売れっ子になってしまって・・・。
彼女が東京藝大の大学院に入ってきたときはちょうど藝大指揮科の常勤の先生が定年で辞められたあと指揮科主任がしばらく空席だったんです。それで、私が当時の学部長から頼まれて指揮科の主任を一時期やっていたことがありました。だから何年間かはそういう立場で指揮科に関わっていたのですが、田中さんはその最初の頃に大学院に入ってきた1人でした。そこで初めて新入生の彼女と会った時に、小柄だけど凄く輝いていたんですよね、彼女は。それで、「あ、こういう人が卒業修了して行く時に藝大指揮科に来てよかったと思ってもらえるような指揮科にしないといけないな」という決意を新たにしました。だから、他にも学生いたはずなんだけど、なぜか田中祐子さんが・・・(笑) まあ女性指揮者がすごく珍しいこともあったけれども、大学院の間にやっぱり素晴らしい力を発揮して、修了試験は本当に指揮科で最高点が出るということは珍しいことですが、とても立派な成績で修了しました。まだまだ女性にオーケストラの指揮はできないと言われていた時代に、わずかこの数年でその考えを変えさせてしまった人の1人ですよね。オーケストラ、特にプロのオーケストラを相手にして、みんなをリードして行くだけの音楽性とカリスマ性、あとは話術も含めて雰囲気も自分の空間にしてしまう力があるというか。近々、フランスにボルドーの歌劇場を拠点にしてまた修行をされるみたいだし。

総務:来年の3月ぐらいから向かわれると聞きました。

澤先生:本当にタイムリーだったんですね、今回あなた方は。いろんな意味で楽しみですよ。

「幻想交響曲」と「怒りの日」


ベルリオーズ(Louis Hector Berlioz, 1803-1869)の「幻想交響曲(Symphonie fantastique)」第5楽章には、「怒りの日(羅:Dies Irae)」のモチーフが登場します。「怒りの日」とは、キリスト教における「審判の日」のことであり、それを主題とした聖歌のことでもあります。この聖歌は死者のためのミサにおいて歌われるものであり、「死」を連想させるものであるため、これまで多くの作曲家によって、(レクイエムやミサ曲は当然のことながら)様々な作品に取り入れられてきました。京大オケが近年取り上げた作品においては、例えばマーラーの「交響曲第2番ハ短調『復活』」(200)やチャイコフスキーの「交響曲第5番ホ短調」(201)、サン=サーンスの「交響曲第3番ハ短調『オルガン付き』」(202)、ラフマニノフの「交響的舞曲」(203)などに登場します。こうしてみてみると、京大オケと「怒りの日」との付き合いは、第200回定期演奏会から数えるともう連続で5回目にもなることがわかりますね(ちなみに、第198回のラフマニノフ「交響曲第2番ホ短調」にも登場します)。

これまで取り上げた作品においても、「怒りの日」がはっきりとした形で出てくることはありましたが、あくまでその音型がモチーフとして用いられることが多かったのに対し、「幻想交響曲」でははっきりと楽譜に”Dies Irae”の文字列が掲げられています。

では、ベルリオーズは具体的にどのような意図をもって、この「怒りの日」の旋律を登場させたのでしょうか。

初めに「怒りの日」は死者のためのミサにおいて歌われるものであると述べました。実は、「幻想交響曲」第5楽章は、作曲者自身のプログラムノートによれば、この曲の持つ物語の「主人公」の葬式の場面なのです。ここでも、「怒りの日」が「死」を表現するものとして登場することがわかります。

怒りの日
(音楽之友社スコアをもとに筆者作成)

しかしベルリオーズは、自らのプログラムノートにおいて、その「怒りの日」の使用について「下賤に茶化したパロディー」と表現しています。初めこそ重厚な雰囲気を持って登場する「怒りの日」の主題ですが、最後には踊り狂うサバト(魔女)たちのロンドと組み合わされたグロテスクな形で表現されます。第5楽章では、愛する人を表すはずの「固定観念(イデー・フィクス)」さえも下品かつ諧謔的に変奏されており、そのことを考えると、「怒りの日」は宗教的なメッセージの表れであるというよりむしろ、ベルリオーズの人生に対する冷笑的態度そのものなのかもしれません。

最後に、ベルリオーズ自身による小話集に収録された文章を紹介します。自分自身とその努力とに対する自信が失われてもなお音楽を続ける者たちを、ベルリオーズは南極海を旅する探検家たちになぞらえました。初めこそ勇敢に、楽し気に旅立つ彼らですが、徐々に死の危険に直面することになります。そんなとき彼は「軽やかな声で、大変有名なこの陽気なフレーズを歌おうではないか」と、「怒りの日」の詞を掲げるのです。果たして彼は、「怒りの日」を何だと思っていたのでしょうか。

作品中では、「怒りの日」はオフィクレイド(チューバ)とファゴットによって重厚に奏された後、ベルリオーズの華麗な管弦楽法によって様々に展開していきます。鐘の音も相まって作り出される壮大な世界観をお楽しみください。終盤では「サバトのロンド」と共に、非常に華やかに、そして劇的に変奏され、圧倒的なクライマックスへと楽曲を導きます。

彼がそれにどのような意味を込めたのか、想像しながら聴いても楽しんでいただけることでしょう。

参考文献

  • 井上さつき解説『ベルリオーズ 幻想交響曲』, 音楽之友社, 2001
  • ベルリオーズ著, 森佳子訳『音楽のグロテスク』, 青弓社, 2007

幻想交響曲 Op.14


ベルリオーズ(Louis Hector Berlioz, 1803-1869)は19世紀フランスのロマン派音楽家です。幼少期の音楽経験は小さな田舎町でフルートなどを習った程度でした。彼は音楽の才能を認められながらも父に従い一度はパリの医学校に入学します。しかし、在学中にオペラ座に通い詰めて音楽に没頭し、ついには医学を辞めて音楽の道に進みました。その後、彼は序曲「ローマの謝肉祭」や今回の定期演奏会で演奏する「幻想交響曲」など数々の作品を生み出します。

「幻想交響曲」はベルリオーズが英国劇団の女優スミスソンに激しい恋情を抱き、1827年に作曲したものです。
彼の記したプログラムノートにはこう書かれています。

病的な感受性と想像力に富んだ若い芸術家が、恋に絶望し、アヘンによる服毒自殺を図る。しかし、薬は致死量には足りず、彼は、重苦しい眠りの中で奇怪な幻想を見、その中で感覚、感情、記憶が彼の病んだ脳の中に観念となって、そして音楽的な映像となって現れる。愛する人が旋律となってまるで固定観念のように、そこかしこに現れてくる。

このように物語が提示され、情景を想起させる音楽を標題音楽といい、当時の交響曲にはほとんどない形式でした。当時、ベートーヴェンの交響曲6番には「田園」という題や情景描写が存在しており、これに大きく影響を受けたベルリオーズは「幻想交響曲」を曲全体を通して情景を想起させる構成に仕立て、標題音楽の道を切り開きます。それに止まらず、当時の管弦楽法の最先端であったベルリオーズは交響曲には使用されたことのなかった新たな楽器や奏法を取り入れることに情熱を注ぎ、大胆かつ斬新な手法で交響曲の歴史に新たな1ページを加えました。

ここからはベルリオーズの記した筋書きに沿って各楽章の解説をさせていただきます。

第一楽章 Rêveries, Passions(夢・情熱)

彼は、愛する人に巡り会う前に抱いていたやるせない心の不安や漠然とした情熱、時ならぬ喜びや憂鬱などを思い起こす。やがて心の中に突然点火された熱い恋情、狂気に近い恋の苦しみ、嫉妬、怒りが思い出される。しかし次第に鎮静し、最後には宗教的な慰めが訪れる。

第一楽章はベルリオーズが少年時代の初恋の際に作曲した旋律から始まります。その悲しげな旋律は、成就しなかった初恋の彼女への想いや、スミスソンと出会う前に婚約破棄されてしまった女性への想いといったベルリオーズ自身の悲恋が反映されているかのようです。やがて若き芸術家が愛する人と出会い、彼女のテーマが始まったところから激しい恋情を展開していきます。しかし、キリスト教において女性に対する好意は7つの大罪の1つ、“色欲”にあたるとして彼は思い悩みます。そのため、最後に鳴り響く教会音楽的なハーモニーは思い悩む彼が神に救いを求めているシーンだと言われています。

第二楽章 Un bal(舞踏会)

彼は、賑やかな舞踏会で、再び愛する人の姿を見る。

第二楽章では舞踏会を思わせるワルツを複数台のハープが華やかな音色で彩り、その中で木管楽器のソロによる愛する人のテーマが奏でられます。ハープの音色と夢の中で見た美しい彼女のテーマが印象的な楽章です。

第三楽章 Scène aux champs(野の風景)

夏のある夕暮れ時、静かな野に一人たたずむ芸術家は2人の牧人の奏する牧笛に耳を傾ける。そよ風に揺らぐ木々のざわめき、微かに抱き始めていた希望。それらが彼の気持ちを幸福にしている。しかし、突然、愛する人の幻影が現れ、彼の胸は不吉な予感にわななく。もし彼女が自分を欺いたらどうしよう?心は嫉妬に狂い始める。やがて牧笛が聴こえてくるが、なぜかもうひとりの牧人は笛を吹かない。焦燥、日没、雷鳴の轟き、孤独、静寂。

第三楽章は舞台上のイングリッシュホルンと舞台の外にいるオーボエによる掛け合いから始まり、緩やかなテンポで広大な野原が表現されます。そこにあるのは恋の苦悩から逃れ、安堵する若き芸術家の姿です。しかし愛する人の幻影が現れ彼の中に不安を引き起こします。それを反映させたような、寒々とした野原や轟く雷鳴といった彼の夢の情景が様々な楽器の演奏で鮮明に浮かび上がります。曲の終盤にはイングリッシュホルンのソロがありますが、最初に掛け合いをしていたオーボエは現れません。まるで彼の心の声に答えてくれる人がいないことを示唆するような情景です。

第四楽章 Marche au supplice(断頭台への行進)

嫉妬に狂った芸術家は、夢の中で、愛する人を殺してしまい、死刑を宣告され、刑場へと引っ張られて行く。その行列の行進曲は、時に憂鬱で荒々しく、時に輝かしく荘厳に響く。ギロチンが目前に迫った時、再び愛する人の幻影が現れる。言うなれば、これは死の恐怖を打ち破ろうとする最後の愛の追憶なのである。

第四楽章はトロンボーンなどの金管楽器によって賑やかな行進曲が繰り広げられます。その後、愛する人のテーマが一瞬登場したかと思うと次の瞬間にはギロチンで首をはねる打撃音、首が地面に落ちる音が鳴り響き、ファンファーレで締めくくられるというサイケデリックな構成です。

第五楽章 Songe d’une nuit du Sabbat(魔女の夜宴の夢)

死んだ芸術家は、悪魔たちの狂宴に列席する。悪魔たちは彼を弔うために集まってくる。怪しげな鳥の声、嘆息、笑い声。その時、愛する人の主題が現れるが、それは以前の気品を持ち合わせていないグロテスクな舞曲となっている。愛する人は魔女となって狂宴に加わる。歓迎のよどめき。弔いの鐘の音。茶化された“怒りの日”の旋律が聴こえてきて、さらに魔女の踊りが始まると、それらは一体となり、熱狂していく。

第五楽章は不気味な音楽から始まり、変わり果てた愛する人のテーマや特徴的な教会の鐘の音が鳴り響きます。そこから2本のチューバ(オフィクレイド)と4本のファゴット、続いて中低音楽器、最後に高音楽器によって死者のためのミサであるという“怒りの日”が繰り返し演奏されます。この“怒りの日”は楽器が変わるごとに形を変え、高音楽器の演奏では奇妙で軽快なものになります。その合間には、弓の木の部分で弦を叩くというコル・レーニョ奏法で骨が擦れる音を表現するなど加速度的に奇怪な音楽に変容していき、熱狂の中で若き音楽家の悲しき恋の夢、幻想交響曲は幕を閉じます。

当時、ベルリオーズが使用した楽器、技法など、そのどれもがリストやマーラー、サン=サーンスなど後世の作曲家に大きな影響を与え、今日の私たちの音楽という文化の中にもその偉業を感じ取ることができます。
そんなベルリオーズの大作、「幻想交響曲」をぜひ会場でお聴きください。

参考文献

  • 著 中島克磨 「ベルリオーズ 幻想交響曲作品14」 より解説 全音楽譜出版
  • 著 ヴォルフガング・デームリング 訳 池上純一 「ベルリオーズとその時代」 西村書店
  • 著 E・ベルリオーズ 訳 丹治恒次郎 「ベルリオーズ回想録」 白水社

詩曲 Op.25


エルネスト・ショーソン(Ernest Chausson, 1855-1899)は、フランスで生まれ、フランスで没した人でした。彼は内向的な性格だったものの、「神から命じられた仕事を果たすことなく死ぬのが恐ろしい」という言葉を残しており、彼が強い信念を持って作曲活動に取り組んでいた人物であることがわかります。

1855年1月、ショーソンはパリで産声を上げました。彼は恵まれた家庭環境で不自由のない生活を送りました。体が弱かったこともあり、彼は一人の家庭教師に見てもらうことになりました。ショーソンは家庭教師に文学、美術、そして音楽を教わり、芸術に秀でた人間となったのです。15歳になるころには、パリのさまざまなサロンで年長の人々と接することで音楽の教養を深めていきました。
ショーソンは音楽家の道に進むと決意しましたが、両親に激しく反対されてしまいます。しかし彼が法律学校に進学し、優秀な成績で卒業すると、ついに音楽に打ち込むことを許されました。音楽家としての人生は比較的短いものの、歌曲や交響曲、ピアノ四重奏曲など、様々なジャンルの曲を発表しました。

今回当団が演奏する「詩曲」は1896年、ロシアの作家ツルゲーネフの小説である「恋の賛歌」から強く影響を受けて作曲されました。この小説は、若き画家と音楽家がひとりの美しい女性に情熱的な恋をする物語です。ショーソンは推敲を重ね、最終的には「詩曲」から「恋の賛歌」の物語性を取り除きました。それでも、小説で登場する東洋の魔術のイメージや、情緒豊かで切なく激しい恋愛の様子は「詩曲」にしっかりと反映されています。

「詩曲」は、構成上大きく5つに分けることができます。
第一部は、オーケストラによる厳かな序奏です。その後無伴奏で現れるソロヴァイオリンの夢見心地な第一主題は、和音を伴い、弦セクションによって繰り返されます。再登場したソロヴァイオリンは、トリルや重音[1]といった演奏技法によって先ほどよりも高まった感情を訴えかけます。
第二部は、緊張感と推進力のある曲調で、魔術的な雰囲気が垣間見えます。ここで登場する、少し切なくも感情豊かな第二主題は、この第二部以降あらゆる楽器によって歌い上げられます。ヴィオラソロとオーボエという珍しい組み合わせも登場しますので、ぜひご注目ください。
第三部は、駆け上がるソロヴァイオリンの旋律に導かれ、第二主題が先ほどとは全く異なった激しい曲調で演奏されます。各楽器が感情をあらわにする様子が聴きどころです。
第四部は、一層神秘的で悲劇的になった導入部の旋律のあと、第一主題と第二主題が音の厚みを増しながら反復されます。暖かさと荒々しさの間で揺れ動きながら曲が進んでいきます。
第五部では、不穏な空気が少しずつ解きほぐされながらも、完全には消えません。それでいて最後は、やわらかな光があたりに広がるように幕を閉じます。

「詩曲」はひとつの小説から出発し、推敲を経て純粋な協奏曲の高みへと登りつめました。緻密に計算された構成と、情緒豊かでのびやかな表現の調和をお楽しみください。

参考文献

  • ジャン・ガロワ著 西村六郎訳 『ショーソン』 1974年 音楽之友社
  • 佐々木茂生解説 『Ernest Chausson 詩曲』 2017年 日本楽譜出版社

交響詩『レ・プレリュード』


「フランツ・リスト(ドイツ語表記Franz Liszt、ハンガリー語表記Liszt Ferenc)」と聞いて、皆さんはどのような人物を思い浮かべるでしょうか?
超絶技巧を誇ったピアニストであったことや、長髪美男子の肖像画を思い浮かべる方もおられるかもしれません。また、ピアノの経験がある方は、「パガニーニによる大練習曲第3番『ラ・カンパネラ』」や「愛の夢第3番」などの作品を連想されるかもしれません。しかしそんなリストには別の一面がありました。

ハンガリーの大貴族の領地で生まれた彼は、幼いころからピアノの才能に恵まれており、ヨーロッパ中で演奏しては「神童」の呼び名をほしいままにしました。20歳になるころには美しい外見も相まって、1歳年上のショパンとともにパリのサロン[1]の中心的ピアニストとなります。当時のアイドル的存在であった彼が出演する演奏会は現在のライブさながらの熱狂ぶりとなり、興奮のあまり失神してしまう女性が続出したといいます。

リストはピアニストとしてだけでなく、作曲の分野でも大いにその才能を発揮しました。現在有名な作品は先に挙げたようなピアノ曲がほとんどですが、その一方で管弦楽曲も多く残されています。これこそがリストの持つ「別の一面」です。彼が管弦楽曲の分野で果たした最も大きな功績として、「交響詩」という分野を創始したことが挙げられます。

交響詩とは、文学、演劇、絵画などの題材を標題とした「標題音楽」の一種で、単一楽章から成るものを一般的に指します。今回の第204回定期演奏会で演奏するベルリオーズの「幻想交響曲」も標題音楽の代表例で、リストもその実演に立ち会い、大きな影響を受けたといわれています。
この「レ・プレリュード」はリストの3作目の交響詩であり、自身の男声合唱組曲「4つの元素」を基につくられたものです。楽譜の冒頭には「ラ・マルティーヌの詩による」としたうえで「人生は死への前奏曲である」という大意の序文が記され、それが作品の標題となっています。

曲は切れ目なく演奏される4つの部分から構成されています。
第1部は静かで不安げな序奏で幕を開けます。厚みを増した序奏のあとに、未来への希望を表すような管楽器群の雄大なファンファーレが登場します。その後、様々な楽器が愛を甘美に奏で始めます。ここで演奏される2つの主題が全曲で形を変えて現れます。
第1部の後半で現れた主題の断片を不安げにチェロが演奏し、曲は第2部へと移行します。不穏なざわめきはだんだんと近づいてきて、鮮やかな転調の繰り返しののち、やがて全体合奏により大きな嵐の到来が繰り広げられます。
第3部は、嵐の後の穏やかな田園風景を描いています。牧歌風の旋律と絡み合った主題が繰り返されるうちに音楽の規模は拡大してゆき、幸福感が最高潮に達するとそのまま第4部に突入します。
金管楽器が高らかに主題を吹き鳴らし、戦いの始まりを告げます。行進曲調に変形した主題は力強いクライマックスを形作り、そして最後に行きつく先は、第1部で登場した雄大なファンファーレです。第1部では遠ざかってしまったファンファーレも、今度は収まることなく栄光を歌い上げ、曲は華やかに幕を閉じます。

「ピアノの魔術師」とも呼ばれたリストの管弦楽作曲家というあまり知られていない横顔、そして管弦楽の豊かな色彩を用いて描かれた人生のドラマを、ぜひ私たちの演奏でお楽しみください。

参考文献

  • 横井雅子 「ハンガリー音楽の魅力:リスト・バルトーク・コダーイ」 東洋書店、2006
  • 浦久俊彦 「フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか」 新潮社、2013
  • 小船幸次郎 解説 「リスト・交響詩前奏曲」 全音楽譜出版社

客演指揮者 角田鋼亮先生インタビュー


プログラムについて

学指揮:じゃあまずは曲の、今回選曲が長期戦で大変だったんですけど今回のプログラムが納得行くかたちで決まって良かったなぁと思っています。

角田先生:大学オーケストラの皆さんには、折角なら色々な作風の作曲家の作品を経験してもらいたいなと思っていたので、古典派のハイドンとロマン派の最後の方に位置するラフマニノフの両方があるのは良いなと思いました。また芝居に対する序曲があり、交響曲があり、舞曲がありと、それそれ異なる音楽のスタイルが学べる形にもなっていて、長期間取り組む皆さんにとっては学びの多いプログラムになったのでは。

ただ、気を付けないと全体の方向性や演奏会のまとまりがなくなっちゃうと思ったので、1曲目にバーバーをもってきて、いくつかの共通点を持たせたいと思ったんです。仕掛けを言っちゃうと、全部ニ長調が、主調として書かれているという事が一つ。それから、バーバーはピアノを弾いていたんだけど、どうやらラフマニノフの作品が好きで良く弾いてたみたい。彼の自宅にはラフマニノフが使ったピアノがあるっていう話しもあるし。オーケストレーションする際にラフマニノフの作品を参考にしていたと感じるところが多くあるし。それと、どちらの作品もフィラデルフィアの管弦楽団が初演したという繋がりもありますよね。

またハイドンの交響曲第104番は最後の交響曲で、一方ラフマニノフの交響的舞曲は最後の管弦楽曲だよね。
だけれども、ラフマニノフの交響的舞曲には彼の初期の交響曲で使ったメロディが出てきて、若い頃を回顧しているシーンもあるよね。
オープニングのバーバーの作品では彼の最初の管弦楽曲を取りあげて、作曲家の「最初と最後」という事で全体をまとめてみたいとも思いました。

やっぱり演奏会では、「やりたい曲三つ並べました。」じゃなくて、全体で1つのコンセプトを持って、ちゃんと「こういう意図があって決めました。」って自信を持ってお客さんにいえるようなプログラムが大事だなと思っています。

ニ長調について

元々ニ長調というのは、オーケストラがよく鳴る調で、栄光、輝かしさや勝利を表す調性として作曲家に利用されてきたものなんです。また、作曲家によっては“Deus”のDとして神を表したりも。いずれにしても光度を感じる調だよね。ハイドンの場合はそういった意味合いで、この調性を選んでいるのだと思います。とっても堂々と鳴り響くよね。

バーバーの作品の中のニ長調の和音ももちろん明るいんだけど、実はその中にシのフラットの音も入っていて、その事によってキラキラというよりかはギラギラした感じの響きになって、それがこの風刺喜劇の毒が効いている作品の雰囲気にマッチしているんですよね。

ラフマニノフの交響的舞曲に関しては、三楽章に「アレルヤ」(元々ニ長調を「ハレルヤ」の調とする音楽学者もいる)が出てくる事もあって、この調が選択されたかもしれないね。ただ、最後の最後でニ長調の構成音のD、F♯、Aのうちの真ん中のF♯を抜いて、明確なニ「長」調の「長」の提示を避けていますね。モティーフとして使われている「ディエス・イレ」や死を象徴するタム・タムの響きと共に、不気味な響きで曲が閉じられますね。

という事で、全体に通じて鳴っているのはニ長調の響きだけれど、それでもそれぞれの作品によって、意味や質感、響き方が異なるというところも注目して欲しいですね。

ラフマニノフについて

学指揮:まずラフマニノフについてお聞かせ下さい。

角田先生:もしかしたら、作曲家って、天から降ってきたメロディーをパーって書き留めていくイメージがあるかもしれないけど、殆どの作曲家がそうではなくて、最初のモティーフやメロディーが後にどのように展開していって、他のモティーフとどのように絡んでいけるのかという事を事前にしっかり計算、設計するんですよね。主題労作という風に言ったりもしますが。ラフマニノフは特にそれに注力した作曲家だと思っています。交響的舞曲は、彼がこれまで書いてきたピアノ曲に良く出てくるリズム・モティーフや「ディエス・イレ」や「晩祷」のメロディーなども沢山使われているので、手が込んでいますね。

学指揮:理論的というか理知的というか

角田先生:作曲家は基本的に理論的に曲を書きます。

学指揮:思い入れとかはあるにせよ音楽的なそこに深い意味があるかというよりモティーフとか考えさせるとか論理的ですよね
三楽章とか宗教的な意味があるんじゃないかという人もけっこういますね。

角田先生:僕自身の考えとしては、この作品において「宗教」というのも数あるモティーフの中の1つのモティーフというだけで、この作品で「宗教」そのものについて語ろうとした訳ではないと思います。ともすると作品の中にはっきりとした作曲家の主張やストーリーを求めがちだし、理解した方が演奏に説得力が出て良いと思うかもしれませんが、でもやはりこの作品ではあらゆるものを素材として扱っていて、純音楽のように作品をまとめているのだと思います。

間違いなく言える事は、彼はこの作品で、自分がこれまで書いてきた作品のエッセンスを取り入れているという事。生きてきた証を残そうとしているように思えます。

学指揮:あわよくばこれもバレエにしたかったとか

角田先生:そうそう。唯一書いていなかったバレエ作品を残したかったのかも。でもダメだったんでしょ?フォーキンが死んじゃって、実現しなかったとか。しかし、バレエ作品としては踊りにくいだろうなと思いますけどね(笑)。

ハイドンについて

学指揮:中プロはこちらとしてはすごく厳しいチャレンジです。 練習して結果仕上がることも大事ですが、その過程ですごく勉強になる、さすがオーケストラの基礎だなと感じています。

角田先生:必要とされるのは、フレーズを作る事、和音間の主従関係を作る事、響きの純度や立体感の構築、アンサンブル能力、他のパートが何をやっているのかを分かっていて、全部聞こえる耳のよさとか…。
本当にオーケストラの基礎が問われる、養われる作品かなと思います。

学指揮:今までロマン派ばかりやってきたので、こういう譜面を目の当たりにすると
こういうのやらなきゃなとか、意識しないといけないなと思って、
そこは選んで良かったなと思っているところです。

角田先生:音符の数は少ないんですけど、その中から感じないといけない情報はすごく多い。

学指揮:実際(合奏で)音を流してみると全然音楽に乗っていないなとかあるので、
ドラマがあるのを自分で自主的に感じ取ってやらないといけない。

角田先生:そうだね。この音符はどこ向かっていくのかという方向性を全員が共有しないといけない。
やっぱり作品が書かれた時代の様式感が大事で、歌うというより語るような感じで。少なくともラフマニノフを演奏する時とは違う音の軽さとか推進力とかが求められますね。また、二楽章は室内楽的に書かれていて、繊細な色とか和音の微妙な陰影とかを感じないとね。またどこに音楽の意外性に対して、毎回新鮮に驚いて、感動して演奏しないといけない。

学指揮:ハイドンの他の曲もそうですけど、委嘱されてというか、お願いされて書いたんですよね。

角田先生:そうです。

学指揮:そういうなかで、この曲はただ単に心地よくて耳ざわりのよいものを求めていたというよりかは、深いものがあるような。

角田先生:もちろん心に訴えるような素敵な楽想もたくさんありますよね。でも、彼は聴く人を楽しませるのが一番だった。初演された時に、「観客も私も作品を楽しんだ。」ってハイドンは書き残している。この言葉が、彼の作曲姿勢の全てだと思います。

学指揮:今まで書かれてきた曲とはまた違う、奇抜じゃないですけど驚かせるというか。そういうところを更にプラスしていた。

角田先生:音楽のセオリーがあるんだけどそれを裏切る。
だから逆にいうと、聴き手の人達がすごく音楽的な教養があったんだと思いますよ。じゃないと、ある和音から意外性のある和音に行って「えっ!」って驚けないじゃないですか。

バーバーについて

角田先生:バーバーはきっと何でも出来ちゃった人なんですよ。「弦楽のためのアダージョ」みたいにとても静謐で美しい音楽を書くこともできれば、シンフォニーの1番みたいに大河ドラマや映画音楽みたいな曲も書けるし。ピアノソナタの第四楽章なんかを聴いてみると、ミニマルミュージックみたいな感じで、同じ運動の繰り返しなんだけど、微妙に色が変わっていくようなフーガとかもあるし。コンピュータの打ち込み音楽みたいに正確無比な音が並んでいるような音楽なども。

学指揮:先天的にそういう才能がもともとあって……。

角田先生:環境が良かったからね。お母さんがアマチュアのピアニストで、親戚にオペラ歌手や作曲家がいた。音楽学校でも良い先生についていたし、とにかく音楽的な環境に恵まれていた人です。

学指揮:バーバーの源流はそういうところにあるんでしょうか。

角田先生:バーバーの源流はどこだろうね。彼が敬愛していたのはバッハとスクリャービンとラフマニノフだったけど。でもパリにも行ってたし、少し先輩にはコープランドやガーシュウィンとかもいたし、いろいろ混ざっているのかなと思いますけど。

学指揮:井上先生もお会いしたことあるとか仰ってました。1970年くらいまで生きてたんですかね。

角田先生:もうちょっとじゃなかった?僕が生まれた80年はまだ生きていたはずだから(笑)

学指揮:じゃあもう結構面白いトリオですね、この3人は(笑)

角田先生:さて、「悪口学校」序曲だけど、ひとつの噂がどんどん膨れ上がっていって人に伝播していくような様子とか、それがあたかも本当のことであるかのようになる感じとか、悪口が擬人化されてる雰囲気なんかは曲想からしっかり感じ取れるんじゃないかなと思います。

学指揮:物語の筋通りになってるとかではないけど、っていう雰囲気なんかを感じ取ってやっていると。

角田先生:あと、今回京大オーケストラに初めて呼んでもらったんですけど、「今回はいつもと違うことやっているぞ」、「新しいことに挑戦しているぞ」、っていうのを何かやりたくて。そういう意味では出だしの響きからして、「何か違う」みたいなところが感じ取ってもらえるんじゃないかな。

学指揮:バーバーとか全然今までやったことがないので、普段来てくださっているお客様が聴いても、全然違うなっていう感じがあるかと。

角田先生:うん、すごくインパクトがある。

学指揮:そうですね(笑)

角田先生:僕、最初にこれを聴いたときね、「!」ってなって引き込まれたから。

学指揮:僕も選曲で初めてみんなで聴いたとき、「おお……」ってなりましたね(笑)「う~ん、これをやるのか」っていう感じで。こういう始まり方も、新しくていいんじゃないかなと思いますね。

角田先生:うん。名前のインパクトもあるしね。

学指揮:そうですね(一同笑)