ソリスト 澤和樹先生インタビュー


① ショーソン「詩曲」について

澤先生:フランスのジネット・ヌヴーという女性のヴァイオリニストがいて、残念ながら飛行機事故により30歳の若さで亡くなってしまいましたが、わずかながら録音が残っています。歴史的名演と言われるショーソンの「詩曲」も、元々SPだったのをLPレコードに直したのを探し出して聴きましたが、当時、高校生だった私にとっても非常に衝撃的でしたね。フランス系の音楽ではあるけれども、すごく心に直接訴えかけるヌヴーの演奏もそうですが、すごく憧れを感じた曲でした。その後、大学2年の日本音楽コンクールに出場した時の予選の課題曲だったこともあって、かなり深く勉強した曲ですし、外国の国際コンクールを受けた時も、自由曲の一つとして持っていったり、1976年に、21歳で故郷の和歌山と大阪でのデビューリサイタルでも、ショーソンの「詩曲」はプログラムに加えていました。そういう意味で若い頃から思い入れのある曲ですね。一方で、これまでオーケストラ伴奏で演奏した事はありませんでしたので今回の京大オケとが初共演です。

② ショーソン「詩曲」の解釈について

学指揮:ありがとうございました。音楽的なことになるのですが、ショーソンは音源などを聴いて、色々な解釈があるなあと思います。物語が元々になった詩というのがあって、そのタイトルをそのままつけずに「詩曲」というだけにしているのもあって、結末が最後どうなってしまうのだろうとかそういう解釈が人によって異なるんじゃないかなと思っているのですが、そこに関してはどういう風に思っていますか?

澤先生:そうですね、「詩曲」というのはいわゆる標題音楽ではなくて、作曲者としては絶対音楽として捉えてもらいたかったんだろうと思うんですよ。元々詩でインスピレーションを受けたけれども、それに限定されるよりは、聴く人、あるいは演奏する人の独自のイメージっていうのを作ってもらった方がいいと思うんですけれども。

③  ショーソンと幻想交響曲の組み合わせについて

学指揮:幻想だったらショーソンがいいと思いますよと先生がおっしゃったと思うんですが、そういうところの関連性はどうなんでしょうか?

澤先生:自分自身の、好みというかテイストでそう思っているだけかもしれませんが、ベルリオーズの、それこそ名前の通りすごくファンタジックな感じというのはショーソンの「詩曲」とすごく高め合うものだと思いますし、一方で、ショーソンはすごくワーグナーの影響を受けていて、トリスタン和声とよく言われていますね。「トリスタンとイゾルデ」の前奏曲なんて特に、あっこれショーソンのポエムと一緒だっていうところが何箇所も出てきて、関連を思うのもなかなか楽しいことだと思いますよ。
あとは、私は若い頃、結構ヴァイオリニストのイザイ(ウジェーヌ・イザイ)に傾倒していた時期があって、大学院の修士論文でイザイの無伴奏ソナタをテーマにしましたし、その直前にパリのロン=ティボー国際コンクールでイザイ・メダルという賞を頂いたんです。自分が若い頃ってイザイの音源を見つけるのがなかなか大変だったんですが、自分の感性にすごく合っているなあという風に思っていて、イザイの曲、あるいは本当に少ないけれどイザイの実演の音源などを聴くと、やっぱりショーソンのポエムがイザイの演奏を想定して書かれているということを思うものがあります。なにか本質的に自分が求めている音楽とイザイの音楽、あるいはショーソンの音楽に結びつくものを感じて、それが特に若い頃にショーソンのポエムをいろんな場面で弾きたいと思った理由にもなっているのかも知れません。
ショーソンには、ヴァイオリンとピアノと弦楽四重奏のための協奏曲という、これもなかなかの大曲があって、私の妻がピアニスト(蓼沼恵美子)で、イギリスの湖水地方音楽祭で弦楽四重奏団と一緒にその曲をやったことがあります。ただピアノパートがとんでもなく難しいらしくて。ヴァイオリンパートはなかなか美味しいところがあって私は楽しんでましたけど、妻は二度とやりたくないと言ってます(笑)
僕はもう一回やりたいな・・と(笑)

④ 田中祐子先生との共演について

澤先生:今回田中祐子さんとの共演もすごく楽しみにしています。今や超売れっ子になってしまって・・・。
彼女が東京藝大の大学院に入ってきたときはちょうど藝大指揮科の常勤の先生が定年で辞められたあと指揮科主任がしばらく空席だったんです。それで、私が当時の学部長から頼まれて指揮科の主任を一時期やっていたことがありました。だから何年間かはそういう立場で指揮科に関わっていたのですが、田中さんはその最初の頃に大学院に入ってきた1人でした。そこで初めて新入生の彼女と会った時に、小柄だけど凄く輝いていたんですよね、彼女は。それで、「あ、こういう人が卒業修了して行く時に藝大指揮科に来てよかったと思ってもらえるような指揮科にしないといけないな」という決意を新たにしました。だから、他にも学生いたはずなんだけど、なぜか田中祐子さんが・・・(笑) まあ女性指揮者がすごく珍しいこともあったけれども、大学院の間にやっぱり素晴らしい力を発揮して、修了試験は本当に指揮科で最高点が出るということは珍しいことですが、とても立派な成績で修了しました。まだまだ女性にオーケストラの指揮はできないと言われていた時代に、わずかこの数年でその考えを変えさせてしまった人の1人ですよね。オーケストラ、特にプロのオーケストラを相手にして、みんなをリードして行くだけの音楽性とカリスマ性、あとは話術も含めて雰囲気も自分の空間にしてしまう力があるというか。近々、フランスにボルドーの歌劇場を拠点にしてまた修行をされるみたいだし。

総務:来年の3月ぐらいから向かわれると聞きました。

澤先生:本当にタイムリーだったんですね、今回あなた方は。いろんな意味で楽しみですよ。

「幻想交響曲」と「怒りの日」


ベルリオーズ(Louis Hector Berlioz, 1803-1869)の「幻想交響曲(Symphonie fantastique)」第5楽章には、「怒りの日(羅:Dies Irae)」のモチーフが登場します。「怒りの日」とは、キリスト教における「審判の日」のことであり、それを主題とした聖歌のことでもあります。この聖歌は死者のためのミサにおいて歌われるものであり、「死」を連想させるものであるため、これまで多くの作曲家によって、(レクイエムやミサ曲は当然のことながら)様々な作品に取り入れられてきました。京大オケが近年取り上げた作品においては、例えばマーラーの「交響曲第2番ハ短調『復活』」(200)やチャイコフスキーの「交響曲第5番ホ短調」(201)、サン=サーンスの「交響曲第3番ハ短調『オルガン付き』」(202)、ラフマニノフの「交響的舞曲」(203)などに登場します。こうしてみてみると、京大オケと「怒りの日」との付き合いは、第200回定期演奏会から数えるともう連続で5回目にもなることがわかりますね(ちなみに、第198回のラフマニノフ「交響曲第2番ホ短調」にも登場します)。

これまで取り上げた作品においても、「怒りの日」がはっきりとした形で出てくることはありましたが、あくまでその音型がモチーフとして用いられることが多かったのに対し、「幻想交響曲」でははっきりと楽譜に”Dies Irae”の文字列が掲げられています。

では、ベルリオーズは具体的にどのような意図をもって、この「怒りの日」の旋律を登場させたのでしょうか。

初めに「怒りの日」は死者のためのミサにおいて歌われるものであると述べました。実は、「幻想交響曲」第5楽章は、作曲者自身のプログラムノートによれば、この曲の持つ物語の「主人公」の葬式の場面なのです。ここでも、「怒りの日」が「死」を表現するものとして登場することがわかります。

怒りの日
(音楽之友社スコアをもとに筆者作成)

しかしベルリオーズは、自らのプログラムノートにおいて、その「怒りの日」の使用について「下賤に茶化したパロディー」と表現しています。初めこそ重厚な雰囲気を持って登場する「怒りの日」の主題ですが、最後には踊り狂うサバト(魔女)たちのロンドと組み合わされたグロテスクな形で表現されます。第5楽章では、愛する人を表すはずの「固定観念(イデー・フィクス)」さえも下品かつ諧謔的に変奏されており、そのことを考えると、「怒りの日」は宗教的なメッセージの表れであるというよりむしろ、ベルリオーズの人生に対する冷笑的態度そのものなのかもしれません。

最後に、ベルリオーズ自身による小話集に収録された文章を紹介します。自分自身とその努力とに対する自信が失われてもなお音楽を続ける者たちを、ベルリオーズは南極海を旅する探検家たちになぞらえました。初めこそ勇敢に、楽し気に旅立つ彼らですが、徐々に死の危険に直面することになります。そんなとき彼は「軽やかな声で、大変有名なこの陽気なフレーズを歌おうではないか」と、「怒りの日」の詞を掲げるのです。果たして彼は、「怒りの日」を何だと思っていたのでしょうか。

作品中では、「怒りの日」はオフィクレイド(チューバ)とファゴットによって重厚に奏された後、ベルリオーズの華麗な管弦楽法によって様々に展開していきます。鐘の音も相まって作り出される壮大な世界観をお楽しみください。終盤では「サバトのロンド」と共に、非常に華やかに、そして劇的に変奏され、圧倒的なクライマックスへと楽曲を導きます。

彼がそれにどのような意味を込めたのか、想像しながら聴いても楽しんでいただけることでしょう。

参考文献

  • 井上さつき解説『ベルリオーズ 幻想交響曲』, 音楽之友社, 2001
  • ベルリオーズ著, 森佳子訳『音楽のグロテスク』, 青弓社, 2007

幻想交響曲 Op.14


ベルリオーズ(Louis Hector Berlioz, 1803-1869)は19世紀フランスのロマン派音楽家です。幼少期の音楽経験は小さな田舎町でフルートなどを習った程度でした。彼は音楽の才能を認められながらも父に従い一度はパリの医学校に入学します。しかし、在学中にオペラ座に通い詰めて音楽に没頭し、ついには医学を辞めて音楽の道に進みました。その後、彼は序曲「ローマの謝肉祭」や今回の定期演奏会で演奏する「幻想交響曲」など数々の作品を生み出します。

「幻想交響曲」はベルリオーズが英国劇団の女優スミスソンに激しい恋情を抱き、1827年に作曲したものです。
彼の記したプログラムノートにはこう書かれています。

病的な感受性と想像力に富んだ若い芸術家が、恋に絶望し、アヘンによる服毒自殺を図る。しかし、薬は致死量には足りず、彼は、重苦しい眠りの中で奇怪な幻想を見、その中で感覚、感情、記憶が彼の病んだ脳の中に観念となって、そして音楽的な映像となって現れる。愛する人が旋律となってまるで固定観念のように、そこかしこに現れてくる。

このように物語が提示され、情景を想起させる音楽を標題音楽といい、当時の交響曲にはほとんどない形式でした。当時、ベートーヴェンの交響曲6番には「田園」という題や情景描写が存在しており、これに大きく影響を受けたベルリオーズは「幻想交響曲」を曲全体を通して情景を想起させる構成に仕立て、標題音楽の道を切り開きます。それに止まらず、当時の管弦楽法の最先端であったベルリオーズは交響曲には使用されたことのなかった新たな楽器や奏法を取り入れることに情熱を注ぎ、大胆かつ斬新な手法で交響曲の歴史に新たな1ページを加えました。

ここからはベルリオーズの記した筋書きに沿って各楽章の解説をさせていただきます。

第一楽章 Rêveries, Passions(夢・情熱)

彼は、愛する人に巡り会う前に抱いていたやるせない心の不安や漠然とした情熱、時ならぬ喜びや憂鬱などを思い起こす。やがて心の中に突然点火された熱い恋情、狂気に近い恋の苦しみ、嫉妬、怒りが思い出される。しかし次第に鎮静し、最後には宗教的な慰めが訪れる。

第一楽章はベルリオーズが少年時代の初恋の際に作曲した旋律から始まります。その悲しげな旋律は、成就しなかった初恋の彼女への想いや、スミスソンと出会う前に婚約破棄されてしまった女性への想いといったベルリオーズ自身の悲恋が反映されているかのようです。やがて若き芸術家が愛する人と出会い、彼女のテーマが始まったところから激しい恋情を展開していきます。しかし、キリスト教において女性に対する好意は7つの大罪の1つ、“色欲”にあたるとして彼は思い悩みます。そのため、最後に鳴り響く教会音楽的なハーモニーは思い悩む彼が神に救いを求めているシーンだと言われています。

第二楽章 Un bal(舞踏会)

彼は、賑やかな舞踏会で、再び愛する人の姿を見る。

第二楽章では舞踏会を思わせるワルツを複数台のハープが華やかな音色で彩り、その中で木管楽器のソロによる愛する人のテーマが奏でられます。ハープの音色と夢の中で見た美しい彼女のテーマが印象的な楽章です。

第三楽章 Scène aux champs(野の風景)

夏のある夕暮れ時、静かな野に一人たたずむ芸術家は2人の牧人の奏する牧笛に耳を傾ける。そよ風に揺らぐ木々のざわめき、微かに抱き始めていた希望。それらが彼の気持ちを幸福にしている。しかし、突然、愛する人の幻影が現れ、彼の胸は不吉な予感にわななく。もし彼女が自分を欺いたらどうしよう?心は嫉妬に狂い始める。やがて牧笛が聴こえてくるが、なぜかもうひとりの牧人は笛を吹かない。焦燥、日没、雷鳴の轟き、孤独、静寂。

第三楽章は舞台上のイングリッシュホルンと舞台の外にいるオーボエによる掛け合いから始まり、緩やかなテンポで広大な野原が表現されます。そこにあるのは恋の苦悩から逃れ、安堵する若き芸術家の姿です。しかし愛する人の幻影が現れ彼の中に不安を引き起こします。それを反映させたような、寒々とした野原や轟く雷鳴といった彼の夢の情景が様々な楽器の演奏で鮮明に浮かび上がります。曲の終盤にはイングリッシュホルンのソロがありますが、最初に掛け合いをしていたオーボエは現れません。まるで彼の心の声に答えてくれる人がいないことを示唆するような情景です。

第四楽章 Marche au supplice(断頭台への行進)

嫉妬に狂った芸術家は、夢の中で、愛する人を殺してしまい、死刑を宣告され、刑場へと引っ張られて行く。その行列の行進曲は、時に憂鬱で荒々しく、時に輝かしく荘厳に響く。ギロチンが目前に迫った時、再び愛する人の幻影が現れる。言うなれば、これは死の恐怖を打ち破ろうとする最後の愛の追憶なのである。

第四楽章はトロンボーンなどの金管楽器によって賑やかな行進曲が繰り広げられます。その後、愛する人のテーマが一瞬登場したかと思うと次の瞬間にはギロチンで首をはねる打撃音、首が地面に落ちる音が鳴り響き、ファンファーレで締めくくられるというサイケデリックな構成です。

第五楽章 Songe d’une nuit du Sabbat(魔女の夜宴の夢)

死んだ芸術家は、悪魔たちの狂宴に列席する。悪魔たちは彼を弔うために集まってくる。怪しげな鳥の声、嘆息、笑い声。その時、愛する人の主題が現れるが、それは以前の気品を持ち合わせていないグロテスクな舞曲となっている。愛する人は魔女となって狂宴に加わる。歓迎のよどめき。弔いの鐘の音。茶化された“怒りの日”の旋律が聴こえてきて、さらに魔女の踊りが始まると、それらは一体となり、熱狂していく。

第五楽章は不気味な音楽から始まり、変わり果てた愛する人のテーマや特徴的な教会の鐘の音が鳴り響きます。そこから2本のチューバ(オフィクレイド)と4本のファゴット、続いて中低音楽器、最後に高音楽器によって死者のためのミサであるという“怒りの日”が繰り返し演奏されます。この“怒りの日”は楽器が変わるごとに形を変え、高音楽器の演奏では奇妙で軽快なものになります。その合間には、弓の木の部分で弦を叩くというコル・レーニョ奏法で骨が擦れる音を表現するなど加速度的に奇怪な音楽に変容していき、熱狂の中で若き音楽家の悲しき恋の夢、幻想交響曲は幕を閉じます。

当時、ベルリオーズが使用した楽器、技法など、そのどれもがリストやマーラー、サン=サーンスなど後世の作曲家に大きな影響を与え、今日の私たちの音楽という文化の中にもその偉業を感じ取ることができます。
そんなベルリオーズの大作、「幻想交響曲」をぜひ会場でお聴きください。

参考文献

  • 著 中島克磨 「ベルリオーズ 幻想交響曲作品14」 より解説 全音楽譜出版
  • 著 ヴォルフガング・デームリング 訳 池上純一 「ベルリオーズとその時代」 西村書店
  • 著 E・ベルリオーズ 訳 丹治恒次郎 「ベルリオーズ回想録」 白水社

詩曲 Op.25


エルネスト・ショーソン(Ernest Chausson, 1855-1899)は、フランスで生まれ、フランスで没した人でした。彼は内向的な性格だったものの、「神から命じられた仕事を果たすことなく死ぬのが恐ろしい」という言葉を残しており、彼が強い信念を持って作曲活動に取り組んでいた人物であることがわかります。

1855年1月、ショーソンはパリで産声を上げました。彼は恵まれた家庭環境で不自由のない生活を送りました。体が弱かったこともあり、彼は一人の家庭教師に見てもらうことになりました。ショーソンは家庭教師に文学、美術、そして音楽を教わり、芸術に秀でた人間となったのです。15歳になるころには、パリのさまざまなサロンで年長の人々と接することで音楽の教養を深めていきました。
ショーソンは音楽家の道に進むと決意しましたが、両親に激しく反対されてしまいます。しかし彼が法律学校に進学し、優秀な成績で卒業すると、ついに音楽に打ち込むことを許されました。音楽家としての人生は比較的短いものの、歌曲や交響曲、ピアノ四重奏曲など、様々なジャンルの曲を発表しました。

今回当団が演奏する「詩曲」は1896年、ロシアの作家ツルゲーネフの小説である「恋の賛歌」から強く影響を受けて作曲されました。この小説は、若き画家と音楽家がひとりの美しい女性に情熱的な恋をする物語です。ショーソンは推敲を重ね、最終的には「詩曲」から「恋の賛歌」の物語性を取り除きました。それでも、小説で登場する東洋の魔術のイメージや、情緒豊かで切なく激しい恋愛の様子は「詩曲」にしっかりと反映されています。

「詩曲」は、構成上大きく5つに分けることができます。
第一部は、オーケストラによる厳かな序奏です。その後無伴奏で現れるソロヴァイオリンの夢見心地な第一主題は、和音を伴い、弦セクションによって繰り返されます。再登場したソロヴァイオリンは、トリルや重音[1]といった演奏技法によって先ほどよりも高まった感情を訴えかけます。
第二部は、緊張感と推進力のある曲調で、魔術的な雰囲気が垣間見えます。ここで登場する、少し切なくも感情豊かな第二主題は、この第二部以降あらゆる楽器によって歌い上げられます。ヴィオラソロとオーボエという珍しい組み合わせも登場しますので、ぜひご注目ください。
第三部は、駆け上がるソロヴァイオリンの旋律に導かれ、第二主題が先ほどとは全く異なった激しい曲調で演奏されます。各楽器が感情をあらわにする様子が聴きどころです。
第四部は、一層神秘的で悲劇的になった導入部の旋律のあと、第一主題と第二主題が音の厚みを増しながら反復されます。暖かさと荒々しさの間で揺れ動きながら曲が進んでいきます。
第五部では、不穏な空気が少しずつ解きほぐされながらも、完全には消えません。それでいて最後は、やわらかな光があたりに広がるように幕を閉じます。

「詩曲」はひとつの小説から出発し、推敲を経て純粋な協奏曲の高みへと登りつめました。緻密に計算された構成と、情緒豊かでのびやかな表現の調和をお楽しみください。

参考文献

  • ジャン・ガロワ著 西村六郎訳 『ショーソン』 1974年 音楽之友社
  • 佐々木茂生解説 『Ernest Chausson 詩曲』 2017年 日本楽譜出版社

交響詩『レ・プレリュード』


「フランツ・リスト(ドイツ語表記Franz Liszt、ハンガリー語表記Liszt Ferenc)」と聞いて、皆さんはどのような人物を思い浮かべるでしょうか?
超絶技巧を誇ったピアニストであったことや、長髪美男子の肖像画を思い浮かべる方もおられるかもしれません。また、ピアノの経験がある方は、「パガニーニによる大練習曲第3番『ラ・カンパネラ』」や「愛の夢第3番」などの作品を連想されるかもしれません。しかしそんなリストには別の一面がありました。

ハンガリーの大貴族の領地で生まれた彼は、幼いころからピアノの才能に恵まれており、ヨーロッパ中で演奏しては「神童」の呼び名をほしいままにしました。20歳になるころには美しい外見も相まって、1歳年上のショパンとともにパリのサロン[1]の中心的ピアニストとなります。当時のアイドル的存在であった彼が出演する演奏会は現在のライブさながらの熱狂ぶりとなり、興奮のあまり失神してしまう女性が続出したといいます。

リストはピアニストとしてだけでなく、作曲の分野でも大いにその才能を発揮しました。現在有名な作品は先に挙げたようなピアノ曲がほとんどですが、その一方で管弦楽曲も多く残されています。これこそがリストの持つ「別の一面」です。彼が管弦楽曲の分野で果たした最も大きな功績として、「交響詩」という分野を創始したことが挙げられます。

交響詩とは、文学、演劇、絵画などの題材を標題とした「標題音楽」の一種で、単一楽章から成るものを一般的に指します。今回の第204回定期演奏会で演奏するベルリオーズの「幻想交響曲」も標題音楽の代表例で、リストもその実演に立ち会い、大きな影響を受けたといわれています。
この「レ・プレリュード」はリストの3作目の交響詩であり、自身の男声合唱組曲「4つの元素」を基につくられたものです。楽譜の冒頭には「ラ・マルティーヌの詩による」としたうえで「人生は死への前奏曲である」という大意の序文が記され、それが作品の標題となっています。

曲は切れ目なく演奏される4つの部分から構成されています。
第1部は静かで不安げな序奏で幕を開けます。厚みを増した序奏のあとに、未来への希望を表すような管楽器群の雄大なファンファーレが登場します。その後、様々な楽器が愛を甘美に奏で始めます。ここで演奏される2つの主題が全曲で形を変えて現れます。
第1部の後半で現れた主題の断片を不安げにチェロが演奏し、曲は第2部へと移行します。不穏なざわめきはだんだんと近づいてきて、鮮やかな転調の繰り返しののち、やがて全体合奏により大きな嵐の到来が繰り広げられます。
第3部は、嵐の後の穏やかな田園風景を描いています。牧歌風の旋律と絡み合った主題が繰り返されるうちに音楽の規模は拡大してゆき、幸福感が最高潮に達するとそのまま第4部に突入します。
金管楽器が高らかに主題を吹き鳴らし、戦いの始まりを告げます。行進曲調に変形した主題は力強いクライマックスを形作り、そして最後に行きつく先は、第1部で登場した雄大なファンファーレです。第1部では遠ざかってしまったファンファーレも、今度は収まることなく栄光を歌い上げ、曲は華やかに幕を閉じます。

「ピアノの魔術師」とも呼ばれたリストの管弦楽作曲家というあまり知られていない横顔、そして管弦楽の豊かな色彩を用いて描かれた人生のドラマを、ぜひ私たちの演奏でお楽しみください。

参考文献

  • 横井雅子 「ハンガリー音楽の魅力:リスト・バルトーク・コダーイ」 東洋書店、2006
  • 浦久俊彦 「フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか」 新潮社、2013
  • 小船幸次郎 解説 「リスト・交響詩前奏曲」 全音楽譜出版社

客演指揮者 角田鋼亮先生インタビュー


プログラムについて

学指揮:じゃあまずは曲の、今回選曲が長期戦で大変だったんですけど今回のプログラムが納得行くかたちで決まって良かったなぁと思っています。

角田先生:大学オーケストラの皆さんには、折角なら色々な作風の作曲家の作品を経験してもらいたいなと思っていたので、古典派のハイドンとロマン派の最後の方に位置するラフマニノフの両方があるのは良いなと思いました。また芝居に対する序曲があり、交響曲があり、舞曲がありと、それそれ異なる音楽のスタイルが学べる形にもなっていて、長期間取り組む皆さんにとっては学びの多いプログラムになったのでは。

ただ、気を付けないと全体の方向性や演奏会のまとまりがなくなっちゃうと思ったので、1曲目にバーバーをもってきて、いくつかの共通点を持たせたいと思ったんです。仕掛けを言っちゃうと、全部ニ長調が、主調として書かれているという事が一つ。それから、バーバーはピアノを弾いていたんだけど、どうやらラフマニノフの作品が好きで良く弾いてたみたい。彼の自宅にはラフマニノフが使ったピアノがあるっていう話しもあるし。オーケストレーションする際にラフマニノフの作品を参考にしていたと感じるところが多くあるし。それと、どちらの作品もフィラデルフィアの管弦楽団が初演したという繋がりもありますよね。

またハイドンの交響曲第104番は最後の交響曲で、一方ラフマニノフの交響的舞曲は最後の管弦楽曲だよね。
だけれども、ラフマニノフの交響的舞曲には彼の初期の交響曲で使ったメロディが出てきて、若い頃を回顧しているシーンもあるよね。
オープニングのバーバーの作品では彼の最初の管弦楽曲を取りあげて、作曲家の「最初と最後」という事で全体をまとめてみたいとも思いました。

やっぱり演奏会では、「やりたい曲三つ並べました。」じゃなくて、全体で1つのコンセプトを持って、ちゃんと「こういう意図があって決めました。」って自信を持ってお客さんにいえるようなプログラムが大事だなと思っています。

ニ長調について

元々ニ長調というのは、オーケストラがよく鳴る調で、栄光、輝かしさや勝利を表す調性として作曲家に利用されてきたものなんです。また、作曲家によっては“Deus”のDとして神を表したりも。いずれにしても光度を感じる調だよね。ハイドンの場合はそういった意味合いで、この調性を選んでいるのだと思います。とっても堂々と鳴り響くよね。

バーバーの作品の中のニ長調の和音ももちろん明るいんだけど、実はその中にシのフラットの音も入っていて、その事によってキラキラというよりかはギラギラした感じの響きになって、それがこの風刺喜劇の毒が効いている作品の雰囲気にマッチしているんですよね。

ラフマニノフの交響的舞曲に関しては、三楽章に「アレルヤ」(元々ニ長調を「ハレルヤ」の調とする音楽学者もいる)が出てくる事もあって、この調が選択されたかもしれないね。ただ、最後の最後でニ長調の構成音のD、F♯、Aのうちの真ん中のF♯を抜いて、明確なニ「長」調の「長」の提示を避けていますね。モティーフとして使われている「ディエス・イレ」や死を象徴するタム・タムの響きと共に、不気味な響きで曲が閉じられますね。

という事で、全体に通じて鳴っているのはニ長調の響きだけれど、それでもそれぞれの作品によって、意味や質感、響き方が異なるというところも注目して欲しいですね。

ラフマニノフについて

学指揮:まずラフマニノフについてお聞かせ下さい。

角田先生:もしかしたら、作曲家って、天から降ってきたメロディーをパーって書き留めていくイメージがあるかもしれないけど、殆どの作曲家がそうではなくて、最初のモティーフやメロディーが後にどのように展開していって、他のモティーフとどのように絡んでいけるのかという事を事前にしっかり計算、設計するんですよね。主題労作という風に言ったりもしますが。ラフマニノフは特にそれに注力した作曲家だと思っています。交響的舞曲は、彼がこれまで書いてきたピアノ曲に良く出てくるリズム・モティーフや「ディエス・イレ」や「晩祷」のメロディーなども沢山使われているので、手が込んでいますね。

学指揮:理論的というか理知的というか

角田先生:作曲家は基本的に理論的に曲を書きます。

学指揮:思い入れとかはあるにせよ音楽的なそこに深い意味があるかというよりモティーフとか考えさせるとか論理的ですよね
三楽章とか宗教的な意味があるんじゃないかという人もけっこういますね。

角田先生:僕自身の考えとしては、この作品において「宗教」というのも数あるモティーフの中の1つのモティーフというだけで、この作品で「宗教」そのものについて語ろうとした訳ではないと思います。ともすると作品の中にはっきりとした作曲家の主張やストーリーを求めがちだし、理解した方が演奏に説得力が出て良いと思うかもしれませんが、でもやはりこの作品ではあらゆるものを素材として扱っていて、純音楽のように作品をまとめているのだと思います。

間違いなく言える事は、彼はこの作品で、自分がこれまで書いてきた作品のエッセンスを取り入れているという事。生きてきた証を残そうとしているように思えます。

学指揮:あわよくばこれもバレエにしたかったとか

角田先生:そうそう。唯一書いていなかったバレエ作品を残したかったのかも。でもダメだったんでしょ?フォーキンが死んじゃって、実現しなかったとか。しかし、バレエ作品としては踊りにくいだろうなと思いますけどね(笑)。

ハイドンについて

学指揮:中プロはこちらとしてはすごく厳しいチャレンジです。 練習して結果仕上がることも大事ですが、その過程ですごく勉強になる、さすがオーケストラの基礎だなと感じています。

角田先生:必要とされるのは、フレーズを作る事、和音間の主従関係を作る事、響きの純度や立体感の構築、アンサンブル能力、他のパートが何をやっているのかを分かっていて、全部聞こえる耳のよさとか…。
本当にオーケストラの基礎が問われる、養われる作品かなと思います。

学指揮:今までロマン派ばかりやってきたので、こういう譜面を目の当たりにすると
こういうのやらなきゃなとか、意識しないといけないなと思って、
そこは選んで良かったなと思っているところです。

角田先生:音符の数は少ないんですけど、その中から感じないといけない情報はすごく多い。

学指揮:実際(合奏で)音を流してみると全然音楽に乗っていないなとかあるので、
ドラマがあるのを自分で自主的に感じ取ってやらないといけない。

角田先生:そうだね。この音符はどこ向かっていくのかという方向性を全員が共有しないといけない。
やっぱり作品が書かれた時代の様式感が大事で、歌うというより語るような感じで。少なくともラフマニノフを演奏する時とは違う音の軽さとか推進力とかが求められますね。また、二楽章は室内楽的に書かれていて、繊細な色とか和音の微妙な陰影とかを感じないとね。またどこに音楽の意外性に対して、毎回新鮮に驚いて、感動して演奏しないといけない。

学指揮:ハイドンの他の曲もそうですけど、委嘱されてというか、お願いされて書いたんですよね。

角田先生:そうです。

学指揮:そういうなかで、この曲はただ単に心地よくて耳ざわりのよいものを求めていたというよりかは、深いものがあるような。

角田先生:もちろん心に訴えるような素敵な楽想もたくさんありますよね。でも、彼は聴く人を楽しませるのが一番だった。初演された時に、「観客も私も作品を楽しんだ。」ってハイドンは書き残している。この言葉が、彼の作曲姿勢の全てだと思います。

学指揮:今まで書かれてきた曲とはまた違う、奇抜じゃないですけど驚かせるというか。そういうところを更にプラスしていた。

角田先生:音楽のセオリーがあるんだけどそれを裏切る。
だから逆にいうと、聴き手の人達がすごく音楽的な教養があったんだと思いますよ。じゃないと、ある和音から意外性のある和音に行って「えっ!」って驚けないじゃないですか。

バーバーについて

角田先生:バーバーはきっと何でも出来ちゃった人なんですよ。「弦楽のためのアダージョ」みたいにとても静謐で美しい音楽を書くこともできれば、シンフォニーの1番みたいに大河ドラマや映画音楽みたいな曲も書けるし。ピアノソナタの第四楽章なんかを聴いてみると、ミニマルミュージックみたいな感じで、同じ運動の繰り返しなんだけど、微妙に色が変わっていくようなフーガとかもあるし。コンピュータの打ち込み音楽みたいに正確無比な音が並んでいるような音楽なども。

学指揮:先天的にそういう才能がもともとあって……。

角田先生:環境が良かったからね。お母さんがアマチュアのピアニストで、親戚にオペラ歌手や作曲家がいた。音楽学校でも良い先生についていたし、とにかく音楽的な環境に恵まれていた人です。

学指揮:バーバーの源流はそういうところにあるんでしょうか。

角田先生:バーバーの源流はどこだろうね。彼が敬愛していたのはバッハとスクリャービンとラフマニノフだったけど。でもパリにも行ってたし、少し先輩にはコープランドやガーシュウィンとかもいたし、いろいろ混ざっているのかなと思いますけど。

学指揮:井上先生もお会いしたことあるとか仰ってました。1970年くらいまで生きてたんですかね。

角田先生:もうちょっとじゃなかった?僕が生まれた80年はまだ生きていたはずだから(笑)

学指揮:じゃあもう結構面白いトリオですね、この3人は(笑)

角田先生:さて、「悪口学校」序曲だけど、ひとつの噂がどんどん膨れ上がっていって人に伝播していくような様子とか、それがあたかも本当のことであるかのようになる感じとか、悪口が擬人化されてる雰囲気なんかは曲想からしっかり感じ取れるんじゃないかなと思います。

学指揮:物語の筋通りになってるとかではないけど、っていう雰囲気なんかを感じ取ってやっていると。

角田先生:あと、今回京大オーケストラに初めて呼んでもらったんですけど、「今回はいつもと違うことやっているぞ」、「新しいことに挑戦しているぞ」、っていうのを何かやりたくて。そういう意味では出だしの響きからして、「何か違う」みたいなところが感じ取ってもらえるんじゃないかな。

学指揮:バーバーとか全然今までやったことがないので、普段来てくださっているお客様が聴いても、全然違うなっていう感じがあるかと。

角田先生:うん、すごくインパクトがある。

学指揮:そうですね(笑)

角田先生:僕、最初にこれを聴いたときね、「!」ってなって引き込まれたから。

学指揮:僕も選曲で初めてみんなで聴いたとき、「おお……」ってなりましたね(笑)「う~ん、これをやるのか」っていう感じで。こういう始まり方も、新しくていいんじゃないかなと思いますね。

角田先生:うん。名前のインパクトもあるしね。

学指揮:そうですね(一同笑)

交響的舞曲 Op.45


第203回定期演奏会の最後を締めくくる交響的舞曲は、セルゲイ・ラフマニノフ(Серге́й Васи́льевич Рахма́нинов、 1873-1943)によって1940年にニューヨークで作曲されました。京都大学交響楽団では幾度かラフマニノフの曲を取り上げてきましたが、交響的舞曲を取り上げるのは初となります。

ラフマニノフは1873年4月1日、ロシア北西部の自然豊かな場所に生まれました。幼少期に音楽の才能を見出されたラフマニノフは音楽院に入学し、熱心な勉強の末ピアノ科と作曲科を首席で卒業します。卒業後は作曲と自曲の演奏で生計を立てていましたが、1917年の十月革命を機に家族とともにロシアを発ち、出国後は演奏家としての活動が中心になります。今回演奏する交響的舞曲は出国後に書かれた数少ない曲のうちの1つであり、また人生最後の作品です。題名にあるとおり当初はバレエの振付が予定されていましたが、振付師が完成前に死去したため実現しませんでした。

交響的舞曲は交響曲のように一貫した3曲の舞曲集です。ラフマニノフはこの曲を通して人生を回想したとされ、場面ごとの状況や感情をリズムで表現したと言われています。第1曲では、3曲を通じて用いられる3音のモチーフが湧き出ると、なにかに立ち向かうような闘争的なリズムの後、いかにもラフマニノフらしい望郷のフレーズがアルトサクソフォンを皮切りに様々な楽器で演奏されます。続いて初演で失敗し演奏禁止としたはずの交響曲第1番がとても穏やかな伴奏の上に引用され、苦い記憶を昇華させるかのような半音の音階と神秘的な鉄琴、3音のモチーフの再現で消えるように幕を閉じます。第2曲は衝撃的なファンファーレに始まり、当時の混沌とした情勢を映したアンニュイなワルツが繰り広げられます。第3曲では真夜中を意味する12回の鐘の音をきっかけに、死を意味するグレゴリオ聖歌の「怒りの日」と、主の復活を讃えた自作の聖歌『徹夜禱』のフレーズを交互に稠密に展開させ、最後は”Alliluya”(主の復活を讃えよ)の言葉とともに『徹夜禱』が盛大に鳴り響くものの、どちらに転ぶかわからない人生の結末を暗示するかのように、長調とも短調ともつかない「空虚五度」とよばれる重音と鐘を模した銅鑼の響きで幕を閉じます。

参考文献

C.I.ソコロワ. ラフマニノフ その作品と生涯. 新読書社, 2009.
ニコライ・バジャーノフ. ラフマニノフ : 伝記. 音楽之友社, 2003.
ユ・パニゾフスキー. ラフマニノフと20世紀初頭のロシア音楽文化. 白梅学園短期大学紀要2. 1966, A1-A15
ラフマニノフ 交響的舞曲: 作品45 (Miniature score). 音楽之友社, 2016.

交響曲第104番 二長調『ロンドン』


京都大学交響楽団が定期演奏会の曲としてハイドンを取り上げるのは、2003 年の第 173 回定期演奏会以来、実に 15 年ぶりのことになります。ハイドン(Franz Joseph Haydn,1732-1809)は親しみを込めて「パパ・ハイドン」、「交響曲の父」、そして「古典派音楽の確立者」と呼ばれています。 彼はオーストリアのハンガリー国境に近いローラウという村で、車大工の息子として生を 受け、教会にて合唱教育を施されました。また、「すでに六歳で若干のミサ曲を完全に歌いこなせた」とハイドン自身が述べているように、聖歌隊の活動を熱心におこなっていました。

ハイドンの音楽家としての仕事は 29 歳の時、ウィーンに拠点を置くエステルハージ侯に副楽長として迎えられたことに始まり、34 歳には楽長に就任しました。27 歳から 63 歳までの間に作曲した交響曲は 100 曲を超えています。

今回演奏する「交響曲第 104 番ニ長調『ロンドン』」は、ロンドンの興行主 J.P.ザロモン[i]の依頼で作曲した 12 曲のうちの一つで、『ロンドン』の副題は 12 曲の最後ということで後世につけられたものであり、フレーズや曲の内容がロンドンに関係があるわけではありません。この曲はハイドンが最後に作曲した交響曲で、彼が人生の中で培ってきた作曲技術がふんだんに用いられた傑作です。

第一楽章では、全管弦楽による序奏部の重々しいユニゾンの動機が、圧倒的な迫力と鮮やかな印象を与えます。ここで強調される五度、四度、二度という三つの基本的な音程が、四つの楽章の主な素材となっており、交響曲全体に見事な関連性を与えています。長い休止の後、軽やかな旋律で曲が進み、第一主題の動機が最初に登場した時とは違った調で再現されます。この手法はハイドンが好んで利用したものでした。

第二楽章は、明るい雰囲気の冒頭部から少し怪しい雰囲気の中間部に流れていきます。主題旋律が数小節だけ歌われたのち、短調のままそのフレーズが展開され、また明るい長調に戻っていきます。和声進行で表現された緊張と開放が交互に訪れ、晩年のハイドンが多用した中間に暗い部分を含む形式で、ゆったりとした楽章となっています。

第三楽章は、メヌエットの形をとっています。メヌエットからトリオを経て、またメヌエットに戻るといったこの手法は、古典音楽の第三楽章においてよく使われていました。冒頭で第三楽章の主題が何度も繰り返された後、ドイツ舞曲風のトリオが現れます。メヌエットに戻る前に数小節つなぎの部分が存在し、そこではオーボエと第一バイオリンがユニゾンで動き、後半部ではフルートの独奏が響きます。

第四楽章ではチェロとホルンが一貫して主音を響かせつつ、第四楽章の第一主題が反復されます。これまでの三つの楽章で使われたフレーズと新しい動機が組み合わさりながら曲が進み、第一主題に基づいて効果的に曲が締めくくられるという、たくみに構成された大規模なソナタ形式のフィナーレです。

「交響曲第 104 番ニ長調『ロンドン』」は、ハイドンの交響曲の集大成です。さまざまな主題、動機とその展開を味わいながら聴いていただければ幸いです。

参考文献

執筆者多数『最新 名曲解説全集 第 1 巻 交響曲I』音楽之友社 1979 年 中野博詞『ハイドン交響曲』春秋社 2002 年
久保田慶一『西洋音楽史 100 エピソード』教育芸術社 2012 年 (「トリオ」の項目)『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』Britannica Japan 2014 年

[i] J.P.ザロモン…Johann Peter Salomon 1745 年 2 月 20 日受洗 – 1815 年 11 月 28 日 音楽興行主であり、ほかにも作曲、指揮、バイオリン演奏など活動は多岐に渡ります。生まれはドイツですが、当時はロンドンに活動拠点を置いていました。

文責:Va 澤野 日菜子

序曲『悪口学校』 Op.5


サミュエル・バーバー(Samuel Osborne Barber II, 1910-1981)は、アメリカ合衆国の作曲家です。1986 年の映画『プラトーン』の作中に使われた「弦楽のためのアダージョ」でご存知の方もおられるかもしれません。決して日本での知名度は高くありませんが、その作品が持つ落ち着いた雰囲気と、精緻な管弦楽書法、そしてロマン派的な要素などを特徴とする、現代アメリカを代表する作曲家の一人です。幼い頃から音楽の才能を発揮し始めた彼は、14 歳の時にフィラデルフィアのカーティス音楽院に入学し、その在学中、21 歳の頃に今回演奏する「序曲『悪口学校』Op.5」を作曲しました。初演はフィラデルフィア管弦楽団により、1933 年に行われました。

タイトルの『悪口学校(The School for Scandal)』とは、イギリスの作家リチャード・ブリンズリー・シェリダン(Richard Brinsley Sheridan, 1751-1816)の同名の戯曲からとられています。イギリスの社交界を舞台に、立派で道徳的な人物だが実際は偽善家かつ陰謀家である兄・ジョーゼフと、浪費家で放蕩三昧だが実は心優しい人物である弟・チャールズの二人が中心となって繰り広げられる喜劇です。本国イギリスではシェイクスピアの戯曲と並ぶ人気を誇り、1771 年の初演時から大成功をおさめ、幾度となく上演されています。

バーバー自身は、戯曲の物語をなぞって作曲したわけではなく、標題音楽的な要素も認めていないようですが、曲の全体にわたり、その物語の雰囲気を反映するかのような、様々なモチーフが散りばめられています。長調と短調の二つの和音が組み合わさった不穏な響きと共に始まると、まるでオーケストラが笑うように軽妙なリズムに乗って展開する場面や、オーボエ、クラリネットなどの木管楽器群が奏でる美しい旋律、金管楽器群の力強いパッセージなど、様々な表情の変化を見せます。どことなくアメリカ映画音楽のようなものを感じる方もいらっしゃるかもしれません。

初めにも紹介した通り、この作品はバーバーが21 歳の時に書かれた作品ですが、既に彼の非常に高い作曲技術が見てとれます。京都大学交響楽団がアメリカ人作曲家の作品を取り上げる機会はそれほど多くはありませんが、練習に練習を重ねて生まれた表情豊かな演奏にご期待ください。またバーバーがシェリダンの物語からどのようなヒントを得て作曲したのか、考えながら聴いてもお楽しみいただけることでしょう。

参考資料

・Encyclopaedia Britannica
 Samuel Barber
 Richard Brinsley Sheridan
 The School for Scandal
・Samuel Barber: “The School for Scandal” Program Notes(1965) – New York Philharmonic ・Samuel Barber, 1910-1981 – Library of Congress
https://www.loc.gov/item/ihas.200182572/ (2018 年 4 月 26 日閲覧)
・Overture to the School for Scandal – About the Work – Thomas May, The John F. Kennedy Center
http://www.kennedy-center.org/artist/composition/5664 (2018 年 4 月 26 日閲覧)
・佐々木健二郎著『米国クラシック音楽ガイド』東京キララ社(2009) ・シェリダン作、菅泰男訳・解説『悪口学校』岩波文庫(1981)
・Samuel Barber – Overture to “the School for Scandal”, G.Schirmer, Inc.

文責:Perc. 廣戸諒太郎

サン=サーンス 交響曲第3番ハ短調『オルガン付き』


C.サン=サーンス(Charles Camille Saint-Saens,1835-1921)は、フランス音楽界を代表する作曲家です。パリ音楽院に学び、オルガンとピアノの名演奏家として名を馳せる一方、作曲家としても様々な分野で活躍しました。第202回定期演奏会で演奏する交響曲第3番「オルガン付き」は彼の代表作であるだけでなく交響曲史に残る傑作です。

「オルガン付き」(avec organ)という通称の通り、この交響曲ではオーケストラの編成にパイプオルガンが組み込まれています。交響曲の中でオルガンを使う、という構想はこの曲が初めてではありません*1が、交響曲の中でオルガンが時に独奏楽器ふうに、時にオーケストラと一体になって大活躍するという点で「オルガン付き」は他の楽曲とは一線を画しています。 楽器編成と並んで特徴的なのがその構成・構造です。2つの楽章からなり、それぞれが前後半の2つに分かれているという独特な形式ですが、4楽章構成としてみると「急-緩-舞-急」の古典派的な配列*2となっており、独創的なスタイルと伝統的な様式が融合しています。また、循環主題と呼ばれる幾つかの主題が全曲を通して形・調性・楽器を変えながら何度も現れ、曲を支配する構造になっています。

第1楽章前半部(Adagio – Allegro moderato) 序奏付きの自由なソナタ形式

アダージョの神秘的な序奏に続き、暗い影のような主題が弦楽器に現れます。影は木管楽器に受け継がれ、いたる所にその姿を見せます。金管楽器も加わりオーケストラは厚みを増してゆき、再現部では木管楽器を伴った弦楽器がフォルテッシモで劇的に立ち上がり、音楽の立体感は頂点に達します。クライマックスが過ぎると音楽は潮が引くように徐々に落ち着き、終結部は低弦のピチカートとともにどこかへ消えてゆくように終わります。

第1楽章後半(Poco Adagio) 自由な変奏曲の形式

 安らかに響きわたるオルガンの和音に続いてオーケストラが優美な旋律を奏でます。静かに祈るような弦楽器のメロディをクラリネット、ホルン、トロンボーンが受け継ぎ、それぞれの楽器の音が溶け合うような神秘的な音色が響きます。音楽は徐々に色彩を増しながら情感豊かに盛り上がってゆき、最後は眠りに落ちるように終わります。

第2楽章前半(Allegro moderato – Presto – Allegro moderato – Presto) スケルツォ*3

 冒頭から弦楽器のユニゾンでドラマティックな主題が登場し強烈なキャラクターが示されます。快速なPrestoの中間部でははしゃぐような木管楽器と鮮やかなソロ・ピアノが音楽を盛り上げるのが印象的です。揺れるような木管楽器に彩られながらやわらかな弦楽合奏が現れ、木管楽器が受け継ぎます。再びピアノが現れ木管楽器と絡み合い、力強い和音が中間部を締めくくります。再現部では主部の展開が繰り返され、再びPrestoに入ります。中間部の再現のようでありながら、低弦を中心に新しい主題が現れ、徐々に重なり合って発展していきます。終結部では再び不穏な影が現れますが、フィナーレへと繋がる美しい和音に導かれます。

第2楽章後半(Maestoso) ソナタ形式

 オルガンの堂々とした和音によって幕を開けます。続いて弦楽器、木管楽器が力強く歩み出し、四手の連弾ピアノが祝福するような輝かしいフレーズを奏します。影のようだったテーマは長調に転じ、2ndバイオリンとチェロに始まるフーガ*4や、華やかな金管楽器のファンファーレとして高らかに演奏されます。最後はオルガンとオーケストラが一体となり、ホール全体に響き渡る輝かしい和音のうちに締めくくられます。

1886年、この曲はサン=サーンス自身の指揮によって初演され、空前の大成功を収めました。グノーやベルリオーズ以来、長らく交響曲の書かれる機運のなかったフランスですが、「オルガン付き」以後、ラロやフランク、デュカスらが素晴らしい交響曲を発表し、その後も多くの作曲家が続きます。サン=サーンスと「オルガン付き」によって、フランスにおいても交響曲は作曲家にとって欠かせない重要なジャンルとして蘇ったのです。

ホール全体に響き渡るオルガンの音色やオーケストラとの有機的な絡み合い、そして形を変えながら何度も現れる循環主題の発展――演奏会では、フランス音楽の金字塔とも言えるこの曲ならではの様々な聴きどころをお楽しみ下さい。

 *1 リスト「ファウスト交響曲」(1857年初演)などがある。ちなみにリストはサン=サーンスと親交が深く、交響曲第3番には「亡きフランツ・リストの思い出に捧ぐ」という副題が付けられた。
*2 全4楽章で、「第1楽章:アレグロソナタ/第2楽章:緩徐楽章/第3楽章:メヌエットまたはスケルツォ(舞曲)/第4楽章:アレグロソナタ」という構成。
*3 スケルツォ(scherzo):楽曲の1種で、「諧謔曲」の意。3拍子で、舞踏的な性質を持つものが多い。ベートーヴェン以降、交響曲の第3楽章によく用いられた。
*4 フーガ(fuga):主題とその模倣が複数の声部で交互に現れる楽曲形式。

【参考文献】

全音楽譜出版社(2015)『サン=サーンス 交響曲第3番〔オルガン〕』
音楽之友社(2004)『新編 音楽小辞典』
パウル・ベッカー,松村哲哉訳(2013) 『オーケストラの音楽史:大作曲家が追い求めた理想の音楽』白水社