R.シュトラウス
交響詩『ドン・ファン』


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剣を携えたドン・ファン

 リヒャルト・シュトラウスは、1864年にドイツで生まれました。彼は幼いころから作曲活動をしていましたが、室内楽や歌曲をはじめとして、大編成のオペラや交響詩などにもたくさんの名曲を遺しました。今回演奏する交響詩『ドン・ファン』(1888)は、彼が24歳の時に書きあげた作品です。
 ドン・ファンとは、17世紀スペインの戯曲に現れた伝説上の人物であり、その後もヨーロッパの文芸作品に数多く取り上げられています。ドン・ファンは多くの作品の中で、女性を誘惑し弄ぶことに血道を上げ、また喧嘩や賭博をこよなく愛する放蕩者として描かれています。モーツァルトの歌劇『ドン・ジョバンニ』も、ドン・ファン伝説をもとにした作例のひとつです。しかし、リヒャルト・シュトラウスが参考にしたのはドン・ファン伝説ではなく、オーストリアの詩人ニコラウス・レーナウがその伝説を下敷きにして書いた詩でした。
 交響詩『ドン・ファン』の総譜には、レーナウの詩から3つの場面が冒頭に引用されています。これらは物語に関わる部分ではなく、ドン・ファンの独白です。最初の2篇では彼の人生や女性、そして愛への理想を輝かしく謳い上げているのに対し、3篇目では厭世や虚無を語り、破滅的な死に向かうラストを暗示しています。この詩の中でのドン・ファンは単なる好色漢ではなく、理想的な女性や愛を求め続けるもののそれを勝ち取ることが出来ずに生を終える、虚無的な理想主義者として描かれています。そして、元となる伝説のように地獄に引きずり落とされる事はなく、自ら死を選ぶのです。
 曲は一気に駆け上がる華々しいファンファーレで始まります。そしてその後は物語が展開するに従って様々な旋律が入れ替わり立ち替わり現れます。ドン・ファンの勇ましさをあらわす旋律、理想の女性たちを描いた優美な旋律、彼女たちとの逢瀬を思わせる官能的な旋律、母性的で慈愛に満ちたあたたかい旋律、そしてそれらの間に見え隠れするドン・ファンの失望、怒り、虚無――曲調はまるで走馬灯のようにめまぐるしく変わっていきます。やがてホルンによって高らかに奏されたドン・ファンのテーマを色々な楽器で歌い継いで、クライマックスになだれ込みます。
 しかしそれは突然打ち切られ、陰鬱とした曲調に転じます。不吉な不協和音が響くなかで、弦が蝿の羽音のようなトリルを奏しながら下降していき、そして低音による3発の打撃音によって幕を閉じます。
 このように、交響詩『ドン・ファン』はたった十数分の中にドン・ファンの壮絶な人生を描きます。この曲はリヒャルト自身も認める難曲で、両親に宛てた手紙の中には「トランペットやホルン奏者にはとりわけ無理を強いており、気の毒になるくらいだ。」という言葉も残されています。若きリヒャルトの創作力の迸りを感じさせる交響詩の傑作を、京大オケの演奏でお楽しみください。