幻想序曲『ロメオとジュリエット』

2019年5月30日 22:44

  16世紀末、イングランドの作家ウィリアム・シェイクスピアによって戯曲『ロメオとジュリエット』が書きあげられました。舞台は14世紀のイタリア、ヴェローナ。長きにわたる抗争の中にあるモンタギュー家の一人息子であるロメオとキャピレット家の一人娘であるジュリエットは禁断の恋に落ちます。僧侶ロレンスの助力を得た二人は秘匿に婚約を結びますが、キャピレット家の主君の甥を争いの中殺害してしまったロメオは、ヴェローナ追放の憂き目にあってしまいます。ジュリエットはロレンスに協力を仰ぎ、仮死の毒を使った逃亡計画を立てますが、この計画を知らなかったロメオは仮死状態のジュリエットを見て自害し、目覚めたジュリエットもロメオの遺体を見て命を絶ってしまいます。この物語は多くの作曲家を魅了し、音楽作品として生まれ変わって来ましたが、チャイコフスキーもこの曲に魅せられた作曲家の一人でした。

  ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(露:Пётр Ильич Чайковский 1840-1893)はバレエ音楽『白鳥の湖』や交響曲第6番『悲愴』など、世に広く知られる名曲を数多く生み出したロシアの作曲家です。彼は当初から音楽家としての人生を送っていたわけではありませんでしたが、21歳の時に知人の紹介でロシア音楽協会のクラス(後にペテルブルク音楽院に改組)に編入して音楽にのめりこみ、その結果、音楽家としての道を歩み始めます。

  幻想序曲『ロメオとジュリエット』はペテルブルク音楽院を卒業した後に、モスクワ音楽院で講師として教鞭をとり、[1]ロシア五人組との交流を持ち始めたころに作曲された初期の名作です。チャイコフスキーは前述のロシア五人組(注1)との交流の中で、ミリィ・バラキレフの提言によりロメオとジュリエットを題材とした作品の作曲に着手したと言われています。

  この曲は主に、ロメオとジュリエットの恋を助力する僧侶ロレンスのテーマとされる讃美歌風のテーマ、モンタギュー家とキャピレット家の闘いのテーマとされる第一主題、愛のテーマとされる第二主題によってシェイクスピアの戯曲を音楽的に表現しています。後半では二つの主題が絡み合い、クライマックスへの盛り上がりを見せる中でトランペットによる悲痛な叫び声のようなメロディが奏でられ、葬送行進曲風のコーダと昇天を表すかのようなファンファーレによって幕を閉じます。

  チャイコフスキーによって見事に表現されている、シェイクスピアの戯曲がもつ喜びや憎しみ、悲しみを頭の中で物語をなぞりながら聴いていただけると幸いです。

用語解説
[1] ロシア五人組:19世紀後半にロシアの民族的音楽を志向した作曲家集団。ミリィ・バラキレフ、ツェーザリ・キュイ、アレクサンドル・ボロディン、モデスト・ムソルグスキー、ニコライ・リムスキー=コルサコフからなる。

参考文献
池辺晋一郎『チャイコフスキーの音符たち -池辺晋一郎の「新チャイコフスキー考」』2014年,音楽之友社
森田稔『ロシアの魅力 -グリンカ・ムソルグスキー・チャイコフスキー』2008年,東洋書店

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