客演指揮:尾高忠明先生インタビュー

2019年12月 4日 03:52

学生指揮者(以下学指揮):この度は、京都大学交響楽団第206回定期演奏会にて客演指揮として振っていただくことになり、ありがとうございます

尾高先生:楽しみにしてました。

総務:今回、いきなり尾高先生の(大阪フィルハーモニー交響楽団)定期演奏会の後に楽屋でご依頼させていただいたわけなんですけれども、その際に受けようと思ってくださったときのお気持ちとか、突然「(京大オケの)定期演奏会に」、と言われたときにどのように思われたかをお聞かせいただけますか。

先生:まずは「懐かしい」と思って。京大オケと演奏したのはまだ僕が指揮者として最初のころだったから。東京でいろんな大学の合同演奏会をやってたけど、関西の方ではひとつもやってなかったから。京大のあの汚い練習場もすごく懐かしかったし、あそこが火事で焼けちゃったのかなんてのもね。ずっとそのあとも気にしていたし。「あいつが振りに行ってるな」というのも。京響とか京都市立芸大にも最近よく振りにきてたし、京大どうしてるのかなって思っていたから、スケジュールが空いていたらぜひ振りに行こうと。

総務・学指揮:ありがとうございます。

総務:僕としてはどうしても尾高先生に振っていただきたい気持ちがあったので。

先生:なんでも言ってみるもんですよ、ダメ元で。どんなことでもそう。日本人で一番やっちゃいけないのは遠慮です。例えば僕が若い指揮者を教えていて、その指揮者が振ってる楽団に話を聞くでしょ。「生意気だ」って言われる指揮者は1割くらいしかいなくて、あと9割は遠慮して何も言わないんだって。それはもう仕事にならない。遠慮っていうのは誰も得しないわけだから。やってぶつかってみるってことはとてもいいことだし、京大オケが依頼をしてきたときもいい感じだった。

総務:ひとつだけ豆知識といいますか。京大オケでは定期演奏会ごとに総務という役職がおりまして、各回で定期演奏会のテーマを決めているんですね。今回ダメ元で尾高先生のもとに行かせていただいて、言ってみるもんだなあというその経緯から、今期のテーマは「やってみなくちゃわからない」というもので運営させてもらっています。

一同:笑

プログラムについて

学指揮:そのような経緯があって定期演奏会をやらせていただくことになりました。3曲が無事決定して今練習に入っているんですが、3曲を通したこのプログラムとしての印象と、それぞれの曲について伺うことができればと思います。

先生:僕はロシアの作品を振ることが多いんですね。実際はドイツの後期ロマン派を一番やりたいんだけど。でも振っていくうちに、ロシアの曲はすごいんだな、と感じるようになった。不思議なもので、自分がそういうことを感じ始めたもとっていうのは、向こう(海外)のオケに言われて仕方ないからやったらアメリカでCDになったりとか。そうするとだんだん好きになってくる。最初はそんなに好きじゃなかった、エルガーの一番とかもね(笑)。

その中でチャイコフスキー。日本人の音楽愛好家でチャイコフスキー嫌いな人はほとんどいない。バレエ音楽が本当に素晴らしい。交響曲では(マンフレッド交響曲も含め)7曲あって圧倒的にすごいのが「悲愴」。彼自身が頭では理解していなくても死が近かったという運命があった。交響曲5番の時に既に彼は運命のテーマを書いている。そのあとの6番で、あの4楽章を最後にしている。普通緩徐楽章は2楽章か3楽章なのにね。なおかつ最後に死のコラール。どっかで(死ぬことを)わかっていたんじゃないか、という評論家もいる。

僕は若いころから「悲愴」を振っています。東京フィルの常任指揮者を引き受ける前に演奏旅行をこの曲でやった。今回こんなことは起こってほしくないんだけど、僕の身の回りの人が亡くなったあとに、何故だか、何年も前から決まっていたプログラムが「悲愴」っていうのがすごくある。

NHK交響楽団(以下N響)にいた一色くんという素晴らしいホルン奏者がいて。僕はものすごくかわいがっていたんだけど、N響で一緒に演奏旅行で吹くって言っていたのに練習にいないから、どうしたのと聞いたら、「実は癌です」と。その2週間の演奏旅行はひとつは違う曲だけど、もう一つは「悲愴」。大分県でゲネプロを終えて楽屋にいたら、札幌交響楽団から電話がかかってきて。「一色さんが亡くなりました」と。嘘だろと思ってN響に聞いたら、「亡くなりました。でも今日は本番が終わるまで、伏せておいてください」と言われた。それで誰にも言わず本番を迎えた。でも楽団員ってすごく敏感で、その日の僕の「悲愴」を見て、ほとんどの楽団員が「一色さんは亡くなったんだ」って気づいた。そういう特別な曲なんです。人の死に関わる曲だから、その作曲者の最後のメッセージ。41年前にも京大オケと「悲愴」をやっていたとはね。自然に選んだらそれになった。

僕もこの曲をやるって決まったときに、プログラムとして他の曲をどうするかいろいろなことを考えます。ロシアについて意外とみんな知らなくて、例えばボロディンの「だったん人の踊り」は有名だけど、実際のオペラを見たことがある人はどれくらいいるか。チャイコフスキー以外のロシアの作曲家を知るというのはものすごく大事。彼がいかに良くも悪くもヨーロピアンスタイルの影響を受けているか。だから我々の耳に心地いい。五人組(注1)などのロシアっぽさが出ている音楽だけだと世界的な普遍性に少し欠けている。でもボロディンの「だったん人の踊り」はチャイコフスキーとはまた違う普遍性を持てている。若いみなさんが演奏するときは、はじけるような曲っていうのは必要でね。「悲愴」はそうじゃないからね。「悲愴」があまりに深遠だから、その前にも深遠なものが続くと、プログラムとしてとてもよくないからね。僕はチャイコフスキーの前にモーツァルトをやることが多い。

もうひとつ。大学のオーケストラだから、皆に出番が来るように大きな編成のものをやろう、となった。僕たちにとって大事なのは日本人の作品。僕はよく取り上げるんだけど、意外と今まで演奏する機会が少なかったのが芥川也寸志で。芥川也寸志さんの憧れた場所がロシアだった。最初にかぶれたのがストラヴィンスキーで、今回の曲とかを書いたあと、彼は実際にソビエト連邦に密入国しちゃったんだ。あの頃国交がなかったのに。どうしてもハチャトゥリアンとかストラヴィンスキーに会いたいと言って。そして彼の作品を初めて認めてくれたのが、その地の人々だった。そういうつながりがあるから、今回はこういう(芥川、ボロディン、チャイコフスキー)プログラムなんだ。

芥川也寸志はお父さんが芥川龍之介だから、親の七光りなんて言われて苦労していた。でも彼はお金持ちだったから、ピアノを弾くとかは全然困らなかった。武満徹さんは自分の家になくて困ったらしいんだけどね。

芥川也寸志がソ連に憧れを持ちながら、まだ行ってなかった頃の作品が「交響管弦楽のための音楽」。東洋的、日本的、ロシア的な雰囲気があるでしょ。それが彼の原点だなと感じる。彼はこの先いろんな作品を書いていて、日本的なものがさらに出るようになってくる。それは明確に彼の中に、日本人というアイデンティティが芽生えて、ロシア風と日本風を合体したような曲が出てくる。

ただ、日本の作曲界の中では、「芥川は良いなあ」という人が意外と少ない時代があった。僕は、それは少し違うなと思う。彼の曲はすごくわかりやすいでしょう。もしかしたら深遠なタイプの音楽ではないかもしれない。でもすべての音楽が深遠である必要はなくって、こういうタイプの音楽もあって、ボロディンもあって、チャイコフスキーもあって...。というひとつの流れとしてよいのかな、と思う。

芥川さんの中で一番僕がいいなと思うのは「トリプティーク(弦楽のための三楽章)」。でもあれは弦だけの編成だから選べなくて、「交響管弦楽のための音楽」になりました。

学指揮:今回のプログラムで「死」というテーマを扱っているわけですが、僕たちは大学生で、「死」への認識は先生とはまた違ったものになっていると思うんです。今回ご一緒させていただく中でどういうイメージを持てばいいんでしょうか。

先生:人生というものはその年その年でいろんなことがあって、例えば15歳で急に父親が死んでしまうということもあるわけです。すぐそばに死がある。僕の場合は3歳で父親が亡くなっている。当時よくわかっていなかったから、悲しくもなんともなかった。だんだんあとから悲しくなっていった。そういう風に、若いうちにすぐそばに死がある人もいれば、そうじゃない人もいる。

京大の学生がこれだけ人数いて、すぐそばに死がないという人が多いことを願うけれども、人間はいずれそういうことに巡り合うものです。年齢によって感じ方も対処の仕方も変わってくる。それで構わない。僕は3歳のときわからなかった、それはそれでいい。10歳だったら悲しいかもしれない。18歳になったら、25歳になって奥さんがいたら、感じ方が変わってくる。必ずしもみなさんが「死」に対して同じイメージを抱いているとは限らない。みなさんの年齢なりに「悲愴」を感じてくれればいい。「僕たちにはまだ若いから関係ない」とそっぽを向くのではなくて、死に直面することはいずれあるから。その年齢なりに考えることが大事。

「その歳なりに」というのはね。例えば若い指揮者が、オーケストラの練習の前日なんかに「怖いんです」って僕に電話してくる。

「当たり前だ、みんな怖いよ。だけどお前は勉強しただろう」

「はい、勉強しました」

「じゃあお前が24歳で、もうこれ以上勉強できないっていうくらい勉強したら、それをオーケストラにぶつけなさい」。

前にも言ったように、やっちゃいけないことは遠慮だけど、もっといけないのは、24歳でカラヤンやバーンスタインみたいな大御所指揮者の受け売りを言ってしまうようなことで、これは器の小ささがばれてしまう。舞台に出たらお客さんはわかってしまう。「その歳なりに」というのは大事だと思います。

学指揮:ありがとうございます。そのような思いをぶつけられるように音楽を作り上げていこうと思っています。

芥川也寸志氏と尾高先生

学指揮:続きまして、芥川也寸志先生とのご関係やエピソードをお願いします。

先生:ハンサムで笑顔がとても素敵で、ファンがいっぱいいました。だけど気難しい人でもありました。自分の音楽に対して「もっとこうしてほしい!」というのがすごく強い人で。でも面白いことをたくさん言う方で、黒柳徹子さんとのコンビネーションもすごくよかった。黒柳さんも音楽家だからね。声楽専門のご出身で、ソプラノが歌える。彼女のお父さんはN響の元コンサートマスター。音楽一家なんだよね。それから芸能界に入られて、芥川さんと音楽番組をやっていた。いいコンビでしたね。

芥川さんはすごい照れ屋で、自分の作品を振ってるときは特にね。みんな自分の曲を演奏するときは照れくさい。僕は自分の父親や兄の曲を振っているときがそう。それは父だから、兄だからというより、その曲の中に自分を感じる。DNAというかね。あとは僕の奥さんがピアニストで、昔はよくピアノ協奏曲を弾いていたから、オーケストラに「家内です」って紹介するのが照れくさかった(笑)。

総務:先生は、この前お父様のフルート協奏曲をやっていらっしゃいましたが、その時も何か感じられましたか。

先生:父親は、あとから知った人だからね。学校に入学したあたりからだんだん事情がわかってきて。音楽の道に進み始めたら、まわりの音楽家はみんな父親のことを知っていたわけ。「君のお父さんはこうだった」とか、「私はお世話になりました」とか言われる。徐々に父親がどうだったかが自分の中で形成されていった。結局一番父親のことがわかるのは、曲ですね。フルート協奏曲はわかりやすく書いてある。交響曲は本当に激しい。ものすごく嫌な音から始まる。それは、その頃の父親の「頭痛」の音らしい。日本人の中で夏目漱石が一番脳が大きいらしいんだけど、その次がうちの父親なんだって。脳出血で、頭痛もすごかったと。N響と交響曲第1番を演奏した時、最初の練習ですごく良い音が出たんだけど、そうじゃない、これは頭痛なんだって言ったら、次に本当に頭痛の音がした。父親は39歳で亡くなっていて、僕は今71歳。父親の年を超えるときがなんか嫌だったよね。

父親は相当ませてたらしく、遊びもいっぱいしたし、お酒もいっぱい飲んで、早死にしてしまった。昔、麻薬でヒロポンっていうのがあって、体がぼろぼろになっていたのに「どうしても振りたい」と燕尾服の上から自分で打って...ということもあったらしい。そこまでして指揮をしたかった。あと、父親は亡くなってから賞をいただいたのね。でもうちの母親が、これは何かのために使ってください、と言ってできたのが尾高賞。

僕の曽祖父は渋沢栄一で、家系は商売人か銀行家か教授ばかり。うちの父親だけが音楽をやっていた。反対もされて、大変な思いで音楽をして。それがなかったら僕は指揮者になっていなかった。

最後に

学指揮:尾高先生のお父様から尾高先生ですとか、芥川也寸志先生から尾高先生、そして今回は尾高先生から僕たちという風に、いろんな財産や音楽に対する姿勢というものを学ばせていただいています。僕たちはプロではなくてアマチュアのオーケストラ、という中で、そういった人たちに向けてのメッセージはありますでしょうか。

先生:プロもアマもないのが音楽です。一番大事なのはみんなの心の総和。これが最も人の心を打ちます。昔九州で、カラヤンとベルリンフィルが、手抜き工事の最たるものをやって。それに対して「ブラヴォー!」の嵐。僕は頭にきてすぐ帰った。そのあと九州交響楽団の演奏会に行って、音はベルリンフィルよりも劣るけれども、ものすごく合っていた。僕はそれこそブラヴォーだと思った。その頃の批評家である大木正興さんは、九州のベルリンフィルを「あんな演奏をブラヴォーと言ってはいけない、あれは手抜きだ」と見事に書いたんだ。そういうことを言っていかなければならない。ベルリンフィルで音が出ているから音楽として素晴らしいのではない。ザルツブルク音楽祭でのベルリンフィルはすごかった。最初から最後まで必死で、素晴らしかった。

そういうことを考えると、京大オケのみんなの気持ちの集まり具合が心を打ちますから、全員が楽しんで。そうしたら、お客さんも楽しい。

総務・学指揮:ありがとうございました。

尾高先生にはお忙しい中、音楽のみにとどまらず、多岐にわたって貴重なお話をしていただくことができました。尾高先生と私たち団員が一丸となって作り上げる音楽を、ぜひ会場でお楽しみください。

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