交響管弦楽のための音楽

2019年12月28日 16:24

「交響管弦楽のための音楽」を作曲した芥川也寸志(1925-1989)は、大正14年(1925年)、芥川龍之介の第3児としてこの世に生まれました。

偉大な父を持った息子というのは、得てして父の影が一生その背をつきまとうものですが、彼もその例に漏れませんでした。しかし、そのなかで彼は「大芸術家の息子」としての自身を直視し、自己を確立させることに成功したのでした。

「音楽はみんなのもの」

 

と、也寸志氏は語ります。この言葉が当たり前に受け入れられるようになるために彼は一生をかけて戦い続けました。彼の活動は作曲にとどまらず、指揮はもちろん、著作やマスメディアを通じた音楽の啓蒙、音楽家の権利を確立するための運動、サントリーホール建設への助言をするなど多岐にわたりました。

也寸志氏の主要な活動のひとつにテレビへの出演があります。彼は、『音楽の広場』という番組の司会を黒柳徹子氏とともに務めていましたが、この番組において演奏をおもに担当したのが、今回の定期演奏会で客演指揮としてお招きする尾高忠明先生の指揮する東京フィルハーモニー交響楽団でした。

「交響管弦楽のための音楽」は芥川也寸志25歳の時の作品で、NHK放送25周年記念管弦楽曲募集コンクールに応募するために作曲され、1950年2月20日に完成されました。そして、この作品は見事特賞を獲得し、彼の出世作となったのです。

 

第1楽章

この楽章はA-B-Aの三部形式で構成されており、おどけた表情の両端部分Aの間に息の長い旋律を歌わせる抒情的な部分Bが挟み込まれています。

Aでは淡々と刻まれるリズムのなかで、木管楽器によって断片的なモチーフが示され、それに弱音器つきのトランペットが応答する、という風に音楽は進んでいきます。ここには、父・芥川龍之介が愛聴し、幼き日の也寸志が何度も何度もレコードで聴いたといわれるストラヴィンスキーの影響が表れています。Bになると曲調は一転し、厳粛な雰囲気のなか、コールアングレが郷愁を感じさせる美しい旋律を奏します。次第に厚みを増すオーケストラのなか、この旋律は繰り返され、やがて頂点を迎えますが、その後すぐに打ち切られてしまい、再びAが現れ、第1楽章は終わりを迎えます。

Bの部分で見られる息の長い旋律や独特な音の重ね方は、悠久の日本の歴史を感じさせる響きを生み出し、私たちを長大な歴史絵巻のなかに誘い込んでくれているようです。後にNHK大河ドラマの音楽を作曲し、大好評を得て、現代まで続く「大河ドラマの音楽は管弦楽曲」という慣習のはじめとなった作曲家の片りんをこの部分が見せてくれています。

第2楽章

シンバルの強烈な一音が情熱的なこの楽章の始まりを告げます。最初のテーマは、トランペットとトロンボーンにより無伴奏で提示され、引き続いて全オーケストラにより大合奏されます。続いて、裏拍が強調されたり半音階的な音の動きが見られたりする不規則でリズミックなメロディーが木管楽器、ヴァイオリンへと引き継がれていきます。その後、最初のテーマが再び現れると、瞬間的に3拍子が挟まる経過句を経て、なだらかで色彩感のある新しい旋律を弦楽器、続いて金管楽器が歌い上げます。これまでの内容を振り返った後に、高音域の楽器が3拍子、中低音域の楽器が2拍子というポリリズム(註)の上で、金管楽器が最初のテーマを全力で奏し、この曲のクライマックスを築きます。そして、やはりこれまでの内容が再現され、賑やかな気分のなか、この曲は幕を閉じます。

近年、クラシック音楽の分野においても、世界的に活躍する日本人作曲家が出てきていますが、日本人の音楽が世界中のオーケストラのレパートリーとして根付いている、とまでは言えないのも残念ながら事実です。西洋から全く新しい音楽が入ってきたときに、それを吸収し引き継いできた人たちがいたからこそ、現在、私たちはクラシック音楽を楽しむことができるのです。私たちは、そうした人たちの音楽を大事にしたいと思います。こうした音楽が少しでも広まってくれることに、私たちの演奏が、微力ながらも、貢献できるとしたら、これほど嬉しいことはありません。

註)ポリリズム...複合拍子。リズムの異なる声部が同時に奏されること。

参考文献

芥川也寸志『ぷれりゅうど』筑摩書房,1990

芥川 瑠璃子『青春のかたみ―芥川三兄弟』文藝春秋,1993

新・3人の会『日本の音楽家を知るシリーズ 芥川也寸志』ヤマハミュージックメディア,2018

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