オペラ『イーゴリ公』より「だったん人の踊り」

2020年1月 2日 10:18

アレクサンドル・ボロディン(Alexander Porfiryevich Borodin 1833-1887)は19世紀後半にロシア国民楽派の〈5人組〉(*) の1人として活躍した作曲家です。彼は9歳から作曲やフルートなどの音楽活動を行っていましたが、学問でも才能を開花させ、化学者を生業とします。化学者である傍、自らを「日曜日の作曲家」と称して作曲活動を行い、『中央アジアの平原にて』『イーゴリ公』など数は少ないながらも東方風でアジア的要素が色濃く感じられる珠玉の傑作を生み出します。

オペラ『イーゴリ公』は1869年から作曲され始めましたが、全4幕あるうちの第2幕までを完成させてボロディンは死去し、それ以降はリムスキー=コルサコフとグラズノフによって作曲されて完成にたどり着きました。今回の定期演奏会で演奏する「だったん人の踊り」は第2幕のもので、ノヴゴロド・セヴェルスキーのイーゴリ公が自国に攻め入ってきた遊牧民族ポロヴェツ人に捕らわれ、苦悩の日々を送る中、それを不憫に思ったポロヴェツ人の将軍コンチャーク・ハンが盛大な歌と踊りの宴を開いて厚遇するというストーリーがあります。

また、この曲はリムスキー=コルサコフとグラズノフが管弦楽用に編曲したことによって管弦楽のみの演奏会でも頻繁に演奏されるようになりました。現在も世界中で親しまれており、JR東海のテレビCM音楽として「だったん人の踊り」を原曲とした楽曲が作曲・使用されるなど、日本人にとってもよく耳にする大変馴染み深い1曲です。

それではここから「だったん人の踊り」について詳しく見ていきましょう。

この曲はホルンの響きに乗ってフルート、そしてクラリネットへ受け継がれる憂愁を帯びた旋律が流れ出すところから始まります。そこからオーボエやイングリッシュホルンのソロ、フルートとバイオリンの協奏が柔らかな旋律を紡いでいきます。オペラの中ではポロヴェツ人の女性たちが苦悩の中にいるイーゴリ公に「娘たちの踊り」を披露する場面で、妖艶な女性を思わせる優美な旋律の中にイーゴリ公が故郷を懐かしむ切ない気持ちが感じられます。その曲が続いた後、クラリネットの軽快なソロが始まり、その軽快さにつられたオーケストラ全体で荒々しい音楽を繰り広げます。これはオペラの中で騎馬民族の屈強な男たちを思わせる「男たちの踊り」と共に演奏される曲です。

それが一段落するとティンパニの段々と迫ってくるような打ち出しから、オーケストラ全体が強いアクセントを伴う音の上昇と細かく煌びやかな音の下降を繰り返していきます。ここでは特にトランペットやホルン、トロンボーン、チューバといった金管楽器の重厚な音色が声高に響き渡り、息を飲むような壮大さがあります。オペラの中では全員が舞台に出て「全員の踊り」「奴隷たちの踊り」を繰り広げ、コンチャーク・ハンを讃える合唱も入る非常に華やかな場面です。

そんな華やかな音楽が消え入ると、静寂の中で蹄の音を思わせる軽快なリズムが始まります。そこにファゴットとチェロの鋭い音が放たれると、堰を切ったようにオーケストラ全体の嵐のような旋律が始まり、その場を熱狂で包み込みます。ここは「少年たちの踊り」と「男たちの踊り」が繰り広げられる場面であり、この曲は俊敏で力強い彼らの踊りを表現しています。そこから再び蹄の音やささやき合うような音が繰り返されると、次はオーボエとヴィオラによってはじめの方に出てきた柔らかな旋律が奏でられます。前に出てきた時より少し速く、響きが重厚になったことで「娘たちの踊り」は一層優美さを増します。

ここに再び「少年たちの踊り」と「男たちの踊り」が戻ってきて、これから訪れるクライマックスを予感させるような激しさを見せます。最後には木管楽器の活気に満ちた旋律にオーケストラ全体が加わって力強さを増し、飛び跳ねるような軽快なリズムや、極めて急速な冒頭の旋律、駆け抜けるような連符が次々と演奏され、熱狂の中で曲が終わります。

この曲からは優美で力強い異国情緒を、そしてどこか遠く離れた草原地帯を鮮明に感じられます。それは、ボロディンが西洋風とは全く異なる東方風の音楽作りを目標としていたというだけでなく、彼の祖先がタタール系遊牧民族であったことも影響してきているのかもしれません。

遊牧民の遺志を受け継いだボロディンの優美で力強い東方風音楽をぜひ会場でお楽しみください。

(*)ロシア国民楽派とはロシア独自の音楽文化を発展させようと活動した一派を指し、その中でも1856年から1862年の間に集まり、共に作曲や演奏活動をしたバラキレフ(1837-1910)、キュイ(1835-1918)、ムソルグスキー(1839-1881)、リムスキー=コルサコフ(1844-1908)、ボロディン(1833-1887)の5人の会合を〈5人組〉と呼称する。

〈参考文献〉

井上和男著(1980) 『ボロディン|リムスキー=コルサコフ』 音楽之友社・音楽之友社編(1995)

作曲家別名曲解説ライブラリー22『ロシア国民楽派』音楽之友社

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