A.ドヴォルザーク 交響詩『英雄の歌』 Op.111

ドヴォルザーク: 交響詩『英雄の歌』Op.111

アントニーン・レオポルド・ドヴォルザーク(Antonín Leopold Dvořák, 1841-1904)は19世紀後半に活躍したチェコの作曲家です。彼は速筆で知られ、クラシック音楽のあらゆるジャンルで多くの作品を遺しています。1892年には渡米し、1895年に帰国するまでに《交響曲第9番『新世界より』》や《弦楽四重奏曲第12番『アメリカ』》、《チェロ協奏曲》などの代表作を矢継ぎ早に完成させています。

帰国後、ドヴォルザークはそれまで手掛けてこなかった交響詩の作曲に注力するようになります。1896年には、ボヘミアの詩人エルベン(Karel Jaromír Erben, 1813-1870)が収集した民俗的バラード『花束』を題材に4曲の交響詩を作曲します。そして翌1897年の夏にさらに1曲の交響詩を完成させます。この曲こそが、今回ご紹介する『英雄の歌』です。

前年に作曲された4曲とは異なり、『英雄の歌』は特定の物語に基づかない作品です。また、曲名にある「英雄」が誰なのかも明かされていません。作曲者自身とする説や、作曲開始の5ヶ月に亡くなった恩人・ブラームス(Johannes Brahms, 1833-1897)とする説、そもそも特定の人物をモデルとしていない説などが挙げられています。

この作品は1898年にマーラー(Gustav Mahler, 1860-1911)指揮ヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団により初演されました。マーラーはこの作品を高く評価し、翌年にはベルリンでニキシュ(Arthur Nikisch, 1855-1922)が取り上げるなど、当時の一流の演奏家たちによって華々しく世に出されました。しかし、現在では演奏機会も少なく、ドヴォルザークに関する日本語の書籍でも殆ど解説されていません。そこで本稿では、楽曲の構成について少し詳細なご紹介を試みたいと思います。

交響詩の生みの親であるリスト(Franz Ritter von Liszt, 1811-1886)の作品と同様、交響曲の形式(急-緩-舞-急)を単一楽章に凝縮したような構成ではありますが、交響曲の第1楽章にあたる部分が比較的短く、その後各部の接続として繰り返し現れます。また、かなり自由なソナタ形式と解釈することも不可能ではないでしょう。この「二重機能形式」と呼ばれる両義的な構成を文章で説明すると煩雑になってしまいそうなので、表を用いて整理してみましょう。

bunnsekihyou

冒頭、2つの基本動機からなる主題が決然と示されます(素材x、譜例1)が、これはその後登場するあらゆる主題の根源となっています。やがて現れる経過主題(素材x’、譜例2)ともに熱く展開されていきますが、程なく静まります。

Allegro con fuoco

Allegro con fuoco 2

1つ目の基本動機の反行形に基づく第1主題(素材y、譜例3)が挽歌風に繰り返された後、2つ目の基本動機を含む第2主題(素材z、譜例4)が慰めるかのように現れます。経過主題による挿入の後、2つの主題の動機が重なり、壮大なクライマックスに至ります。

Poco adagio, lacrimoso

in tempo

この後、舞曲風の場面や好戦的な場面、そして勝ち誇ったような場面が目まぐるしく続いていきますが、ここまでに登場した素材が絶えず用いられています。伴奏音型に散りばめられることもあれば、美しい旋律の中にも素材を自然に忍ばせる場面も多く、ブラームスも羨むメロディーメーカー・ドヴォルザークの面目躍如といえるでしょう。以下に例をいくつか挙げてみますが、これらはほんの一部に過ぎません(譜例5, 6)。

Fl.Ob.

piu mosso

結果として、この作品はドヴォルザーク最後の器楽作品となりました。残念ながら知名度には恵まれていませんが、彼の器楽曲創作の総決算に相応しい「隠れた名曲」といえるのではないでしょうか。是非会場(または配信)で、ドヴォルザーク渾身の筆致をご堪能ください。

文責 : 池田智之(Va.5)

主要参考文献
ショウレック(訳: 渡鏡子)『ドヴォルジャーク 生涯と作品』音楽之友社(1961)
エリスマン(訳: 福本啓二郎)『不滅の大作曲家 ドヴォルジャーク』音楽之友社(1975)
『作曲家別名曲解説ライブラリー⑥ ドヴォルザーク』音楽之友社(1993)
内藤久子『作曲家 人と作品 ドヴォルジャーク』音楽之友社(2004)
Antonín Dvořák: Heldenlied. Musikproduktion Höflich München. 2011