J. ブラームス 交響曲第4番 ホ短調  Op.98

 ヨハネス・ブラームス(Johannes Brahms, 1833-1897)はドイツ・ハンブルクに生まれた作曲家であり、ロマン派の中期~後期にかけて室内楽や歌曲、ピアノ音楽など数多くの作品を残しました。シューマンによる音楽批評文『第二の道』において、「ブラームスはベートーヴェン様式の後継者」と世に紹介された人物でありながら、同世代の作曲家、例えばドボルザークやチャイコフスキーなどと比べると、彼の作曲した交響曲の少なさが目に留まります。詳細な解説は[1]に譲るとしますが、その背景には同じロマン派の時代を生きながらも思想の異なるブルックナーやヴァーグナーなどの存在があり、ブラームス自身の中での「交響曲とは」という大きな問いに対する長考と苦吟の表れだといえるでしょう。

 交響曲第4番はブラームスの交響曲のなかで最後の作品であり、また後期の作品が示す色合いが非常に強く表れていることが大きな特徴です。この交響曲第4番は1885年に完成し、同年10月に現在のドイツ中部に位置するマイニンゲンにおいて初演が行われました。この初演は、交響曲第2番・交響曲第3番の初演に携わったウィーンフィルとではなく、友人のハンス・フォン・ビューローが音楽監督を務めるマイニンゲンの宮廷オーケストラとともにブラームス本人の指揮で行われました。これは大成功を収め、オーストリアやドイツ、オランダ、イギリスで続けて行われたコンサートでも同様の成功を収めました。

 10月の初演の前に、ウィーンの批評家や音楽家を集めたピアノ編曲版の交響曲第4番を試演する機会がありましたが、大成功の初演とは異なり、このピアノ版の試演では「賢者と識者のための音楽」や「理性的な耳でしか理解できない作品」と評されていたようです。

 しかしそのような批評が嘘であるかのように大成功を収めた裏には、ブラームスの技術が詰まっています。「識者のため」と言われながらも聴衆には「自然」な音楽に聴こえる理由は、異なる表情の4つの楽章すべてにブラームスならではの工夫がこれぞとばかりに散りばめられているからでしょう。ヴァーグナーとは異なる路線ではありながらドイツで1つの同じ時代を築き上げ、ベートーヴェン様式の後継者とも評されながらも独自の工夫は欠かさないブラームスの世界を、ぜひ会場で、あるいは配信でお楽しみください。

 文責:原拓己(Cond.5)

 註: Neue Bahnen。『新しい道』と訳されることが多いが[1]の表記を採用した。

〈主要参考文献〉
[1] 西原 稔『作曲家・人と作品シリーズ ブラームス』音楽之友社(2006)
[2] 『ブラームス 交響曲第4番ホ短調 作品98』全音楽譜出版社(2016) (解説:野本由紀夫)
[3] ウォルター・フリッシュ 著・天崎浩二 訳『ブラームス 4つの交響曲』音楽之友社(1999)